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妊娠期
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2024

【助産師の基礎知識】妊娠と甲状腺の関係について深掘り|甲状腺機能低下・亢進の原因と看護

  • 甲状腺疾患の管理方法
  • 胎児への影響
  • 産後の注意点
SUMMARY
この記事でわかること
妊娠をすると女性の身体には様々な変化をもたらします。その中でも、甲状腺機能の変化は母体と胎児の健康に影響を与える重要な要素です。甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症は全人口の約1-2%が罹患しており、女性は男性よりも数倍のリスクを抱えています。そもそも妊娠中はホルモンバランスが大きく変化するため、甲状腺の機能もその影響を受けやすくなります。そのため、甲状腺疾患のある妊婦は、症状が憎悪せず健康に妊娠が継続できるよう適切な管理が求められます。罹患率や女性に多い疾患であることを踏まえても、妊娠と甲状腺疾患の関係は、母体と胎児の健康維持のために極めて重要な課題となります。ここでは、妊娠中の甲状腺機能への影響や、妊娠期における甲状腺疾患のリスク、産後の注意点について詳しく解説していきます。

甲状腺は首の前方に位置する小さな臓器で、体内の代謝を調節するホルモンを分泌しています。そのため甲状腺は、エネルギー代謝、体重、体温、さらには心の健康にまで影響を与える重要な臓器です。その重要な役割を担う甲状腺による疾患は、比較的よく見られる疾患であり、特に女性に多く発症することが知られています。甲状腺疾患として知られているバセドウ病や橋本病はともに全人口の約1-2%に見られ、女性は男性よりも5-10倍罹患しやすいとされています。

そもそも甲状腺ホルモンは、母体の健康と胎児の脳や神経系の発達に重要な役割を果たしています。母体の甲状腺機能が正常でないと、胎児の正常な発達が妨げられる可能性があり、妊娠前および妊娠中の甲状腺機能の評価と管理は、母体および胎児の健康を守るために極めて重要です。甲状腺疾患の罹患率の動向を踏まえても、妊娠中の甲状腺機能への影響の理解と、適切な管理が不可欠であることを示しています。今回は、甲状腺機能について理解し、妊娠による甲状腺機能への影響や、妊娠中の甲状腺疾患の管理方法、産後の注意点について学んでいきましょう。

1.甲状腺ホルモンについて

1)甲状腺ホルモンとは

主な甲状腺ホルモンはチロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)の2種類です。チロキシンは、甲状腺ホルモンの主要な形態で、体内での活性は比較的低いです。血中に多く存在していて、必要に応じてトリヨードサイロニン(T3)に変換されます。トリヨードサイロニン(T3)は、チロキシン(T4)から変換される形態で、T4よりも活性が高いです。T3は体の代謝活動に直接影響を与える主要なホルモンです。

2)甲状腺ホルモンの役割

甲状腺ホルモン(T3、T4)は、代謝の調整、成長、発達、神経系の発達など多くの重要な役割を担っています。

①代謝調節
基礎代謝率の調整とエネルギー消費を管理し、体温の維持や体重の管理を行います。

②成長と発育
特に子供の成長や骨の発達、脳の発育に重要です。甲状腺ホルモンの不足は、成長遅延や知的発達の遅れを引き起こす可能性があります。

③心血管系の調整
心拍数や心臓の収縮力に影響を与え、循環器系の健康を維持します。

④神経系の発達と機能
脳や神経の発達、精神的な健康に寄与しています。そのため甲状腺ホルモンの異常は、気分や認知機能に影響を与えることがあります。

3)ホルモン分泌の調整

甲状腺ホルモンの分泌は、視床下部と下垂体によって調節されます。視床下部でチロトロピン放出ホルモン(TRH)を分泌し、下垂体を刺激します。刺激を受けた下垂体は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を分泌し、甲状腺を刺激してT4とT3の分泌を促します。血中のT4およびT3の濃度が高くなると、視床下部と下垂体へのフィードバックによりTRHおよびTSHの分泌が抑制され、甲状腺ホルモンの産生が減少します。これをフィードバック機構といい、このフィードバック機構によって甲状腺のホルモンレベルが適切に維持されています。


2.妊娠における甲状腺機能の役割

 甲状腺は前述したように代謝の調節などをはじめとする多くの役割を担っているため、甲状腺機能は妊娠による変化の影響を受けやすくなります。臨床症状や病歴から甲状腺疾患が疑われる場合には、甲状腺機能検査によるスクリーニングが推奨されます。

1) 代謝調整

  甲状腺ホルモンは基礎代謝率を調節し、エネルギー代謝をサポートしています。
妊娠中は母体の代謝需要が増加するため、適切なホルモン分泌が不可欠となります。

2)胎児の成長と発達

  妊娠初期(特に妊娠12週)までは、胎児の甲状腺がまだ未発達であり、母体から供給される甲状腺ホルモンに依存しています。
胎児の骨や脳の発達を支えるために、甲状腺ホルモンの需要が増加します。

3)神経系の発達

  甲状腺ホルモンは胎児の中枢神経系の発達にも不可欠であり、不足すると知能や神経発達に影響を与えます。


3.甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の違い

甲状腺機能亢進症

甲状腺機能低下症

原因

免疫系が甲状腺を刺激しすぎることで、ホルモンの過剰生産を引き起こす。

甲状腺が過剰にホルモンを分泌する。

免疫系が甲状腺組織を攻撃することでホルモンの産生が低下する。

手術により、ホルモン産生が低下する

疾患

バセドウ病、甲状腺腫瘍、

甲状腺炎、甲状腺結節

橋本病、甲状腺摘出手術

放射線治療、ヨウ素欠乏、薬剤

症状

<全身の代謝が活発になる>

食事を摂取しても体重が減る

動悸、易疲労感、発汗増加

手指振戦、眼球突出

甲状腺の腫れ

<活動性が低下する>

元気がなくなる、易疲労感

顔の表情が少なくなる

皮膚の乾燥、便秘

月経周期の乱れ、体重増加

動作緩慢、嗜眠、記憶力低下

4.甲状腺機能異常における妊娠への影響

1)甲状腺機能亢進症

①妊娠高血圧症候群
高い甲状腺ホルモンレベルが血圧を上昇させるため、妊娠高血圧症候群のリスクが増加します。

②早産
甲状腺ホルモンの分泌過剰により子宮収縮を促進するため、早産のリスクが高まります

③胎児の発育遅延
甲状腺機能亢進症では母体の代謝率が異常に高くなります。このため母体のエネルギー消費が増加し、胎児に必要な栄養素やエネルギーが不足する可能性があります。また、甲状腺機能亢進症による妊娠高血圧症候群や母体の心負荷から、胎盤への血流量が減少し、胎児への酸素や栄養供給が妨げられます。これらにより胎児の成長発達が遅れることがあります。

④胎児・新生児甲状腺機能亢進症
母体の自己抗体が胎盤を通過し、胎児の甲状腺を刺激するため、過剰な甲状腺ホルモンの産生を引き起こします。出生後も、母親から移行した自己抗体の影響が続き、新生児に甲状腺機能亢進症の症状が現れることがあります。症状は大人と同様、頻脈や体重減少、過剰な興奮状態、発汗などがあります。

⑤甲状腺クリーゼ
甲状腺クリーゼは、妊娠中のストレスや感染症、分娩、帝王切開術などが引き金となって発症します。ストレスなどによる甲状腺ホルモンの過剰状態に対応できず、全身機能が低下し、生命を脅かす急性状態になることです。既存の甲状腺機能亢進症が急激に悪化します。症状は、高熱、頻脈、高血圧、不整脈、神経症状、心不全などが出現します。甲状腺クリーゼは急性で重篤なものが多いため、速やかに集中治療でのステロイド投与などの管理が求められます。


2)甲状腺機能低下症

①流産のリスク
甲状腺のホルモン不足による胎盤の不全や、母体の免疫系の異常反応によって、妊娠初期の流産のリスクを増加させます。

②胎児の神経発達への影響
妊娠初期は胎児にまだ甲状腺ホルモンの産生能力がありません。よって、妊娠初期の甲状腺ホルモンの不足は胎児の脳の発達に影響を与え、知的障害や神経発達の遅延を引き起こす可能性があります。児の出生後の注意欠陥多動性障害やてんかんの発症リスクもあります

③早産
甲状腺ホルモンは胎盤の発達と機能にも重要な役割を果たしているため、甲状腺ホルモンの不足により、胎盤の機能が低下し、胎児への酸素や栄養の供給が不十分になることがあります。母体の代謝、胎盤機能、血圧調整、免疫機能、自律神経系など多くのシステムに影響を及ぼし、早産のリスクを増加させます。また、甲状腺ホルモンは自律神経系の調節にも関与しているため、甲状腺ホルモンの不足が子宮の収縮パターンに影響を与え、早産を引き起こす可能性があります。

④低出生体重児
甲状腺ホルモンの不足により胎児の成長が遅れるため、低出生体重児のリスクが増加します。


5.甲状腺疾患と妊娠の管理

1) 定期的なモニタリング

血液検査を行い、甲状腺ホルモン(T3、T4)とTSHのレベルを定期的にチェックし、必要に応じて薬物用量を調整します。甲状腺機能低下のハイリスクの妊婦では、妊娠中は4週間ごとにTSHの測定を行うことか勧められています。


①胎児モニタリング
NSTにて胎児頻脈の有無やリアシュアリングの確認をします。また、超音波検査で児の発育不全の有無やBPSを評価します。

②薬物療法の調整
甲状腺疾患のある妊婦に対する薬物療法は、母体と胎児の健康を保つために安全かつ効果的に管理を行う必要があります。妊娠中は、必要に応じて用量を調整するため、正しく内服していけるよう指導も必要です。甲状腺機能亢進症には抗甲状腺ホルモン薬のプロピルチオウラシル(PTU:チウラジール®、プロパジール®)とチアマゾール(MMI:メルカゾール®)の2種類があります。PTUは胎盤通過が少なく、胎児への影響が少ないため、妊娠初期に推奨されています。MMIは、妊娠初期に内服していると形成異常などが起こる可能性があるため、妊娠初期以降に使用されます。また、PTUの副作用リスクが高い場合にも使用されます。甲状腺機能低下症にも、レボチロキシン(LT4:チラージンS®)リオチロニン(T3:チロナミン®)の2種類が甲状腺ホルモンの補充療法として使用されます。妊娠中は通常よりも高い用量が必要となることが多いです。LT4は、鉄分やカルシウム補充剤などと一緒に摂取すると薬の吸収が妨げられるため、起床時や朝食30分前の空腹時に服用することを勧められています。甲状腺機能低下症では、甲状腺ホルモン補充療法によって流産率・早産率を低下させることがができます。そのため、甲状腺機能低下症の治療中の妊婦が妊娠した場合は、ホルモン補充の増量の必要があるかを迅速に検討することが求められます。

③母体と胎児のフォローアップ
妊娠中はより、甲状腺機能を継続的にモニタリングする必要があります。妊娠初期に増産されるhCGはTSHと同様、甲状腺刺激作用をもっています。そのため、バセドウ病妊婦は妊娠初期に軽度憎悪がみられることがありますが、治療を要さず、妊娠中期以降は自然軽快することもあります。母体が抗甲状腺薬を使用した結果に起こる新生児甲状腺機能低下症は、一時的なものであり、通常は母親由来の抗体が減少することで改善しますが、適切な観察と治療が必要です。甲状腺疾患管理中の妊婦や、甲状腺機能検査で妊婦に異常が認められた場合には、甲状腺疾患に関する知識や経験のある内分泌医師と速やかに連携し、甲状腺機能の正常化に努め、妊娠継続できるよう管理を行う必要があります。


生活習慣の指導
身体にストレスなどの負担がかかることは、甲状腺疾患の悪化につながります。バランスの取れた食事やストレス管理、定期的な受診の重要性を指導しましょう。海藻類の摂取は、甲状腺ホルモンの材料となるヨウ素の影響が出やすいため、甲状腺機能亢進症の場合は、積極的に食べるのはやめるように説明します。

6.産後の管理と注意点

妊娠中に甲状腺疾患を抱えていた方や、妊娠中に新たに甲状腺の問題が発見された方は、産後のケアも非常に重要です。妊娠中には免疫系が抑制されますが、分娩によってその抑制がはずれ、母体のホルモンバランスも急激に変化するため、甲状腺の機能も影響を受けやすいです。母体の健康を維持し、新生児の健やかな成長を支えるために産後のケアも欠かせません。甲状腺疾患を持つ方は特に注意深く自分の体調を管理し、必要なサポートが受けられるようにしましょう。

1)定期的な検診とホルモンレベルのモニタリング

産後は、ホルモンバランスの変動が激しい時期です。甲状腺機能が正常に戻るかどうかを確認するために、血液検査で甲状腺ホルモン(T3、T4)と甲状腺刺激ホルモン(TSH)の値を定期的にモニタリングすることが重要です。採血の結果を踏まえ、医師と相談しながら必要に応じて薬剤の調整を行います。

2)体調の変化に注意する

産後は、疲労感や体重の変動、気分の変調など甲状腺機能の異常が再発する兆候がみられ、バセドウ病が産後に悪化する場合もあります。慣れない育児によることもありますが、甲状腺疾患のある褥婦に症状が現れた場合は、医師に相談し適切な対応を取ることが大切です。反対に、調子が良くても自己判断で薬をやめたりしないように説明しましょう。

3)ストレス管理と休息

産後は新生児のケアで忙しく、ストレスや睡眠不足が続きやすい時期です。ストレスは甲状腺機能に影響を与えることがあることを説明しましょう。できるだけ家族や友人のサポートを受けながら、リラックスする時間を持ち、適度な休息を取ることが重要です。

4)適切な栄養摂取

バランスの取れた食事は、甲状腺機能をサポートする上で重要です。特にヨウ素、亜鉛などの栄養素は甲状腺の健康に関与します。医師や栄養士と相談しながら、適切な食事計画を立てることもお勧めします。

5)母乳育児の考慮

甲状腺機能に影響を与える薬を服用している場合、母乳育児に対する影響を考慮する必要があります。多くの場合、医師と相談しながら安全に母乳育児を行うことができますが、薬の種類や量によっては調整が必要となることがあります。甲状腺ホルモン剤は、乳児への影響はほとんどありません。抗甲状腺薬は、産婦人科診療ガイドライン2023では、MMIは10mg/日まで、PTUは300mg/日までは内服しながら、安全に授乳を行うことができるとしています。放射性ヨードは授乳中止、無機ヨードは慎重投与とされています。


母体の健康状態を最適に保ち、胎児の正常な発育を促進するためには、妊娠中の甲状腺機能の適切な評価と管理が欠かせません。私たち助産師も妊娠と甲状腺疾患の関係についての理解を深め、ケアを実践することで母体と胎児の健康を守ることができます。内分泌専門医、産科医などの医療チームで綿密な連携を図りながら、妊婦自身が疾患を理解して適切に治療を受けられるようサポートができるといいですね。


参考文献

1) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会、産婦人科診療ガイドライン産科編2023、日本産科婦人科学会、2023.8

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