妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交渉していたにも関わらず1年間妊娠しない場合を「不妊症」と言います。
女性の妊娠率は20代後半をピークに低下し、35歳を過ぎるとそのスピードが加速、40歳を過ぎると急激に低下します。
卵子の数は年々減少し、生まれた時には100〜200万個持っていると言われていますが、10代で30万個、20代で10万個、30代で2〜3万個となります。
また卵子の質の低下が原因で妊娠したとしても流産したり、赤ちゃんの染色体異常の可能性が高まります。
日本では以前「2年間妊娠しない場合」が不妊症とされていましたが、晩婚化・晩産化の進行に伴い2015年に「1年間」へと変更され、35歳以上の場合は半年、明らかな不妊原因がある場合はこの期間を待たず「不妊症」と診断されるようになりました。
不妊の原因は女性側、男性側、または両方に起因する原因があり、原因が明確では無い場合もあります。
世界保健機関(WHO)の報告によれば女性因子が原因とされるのは41%、男性因子が24%、女性と男性の両方の因子が関与するのが24%とされており、原因が不明のケースが11%とされています。
・排卵因子
健康な女性では月経開始日の約2週間後に排卵が起こり、妊娠に向けて子宮内膜が肥厚したり、ホルモンバランスも変化します。しかし、排卵障害があると生理周期に乱れが生じたり、出血があっても未排卵なことがあります。
排卵がない原因には高プロラクチン血性、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、早発卵巣不全、甲状腺機能異常、肥満、やせ、ストレスなどによる一時的なホルモンバランスの異常などがあります。
基礎体温を測定し、高温相・低温相の二相性となっていれば排卵が起こっている可能性が高いと言えます。
パンダ先輩
高プロラクチン血性とは薬剤による影響や下垂体腫瘍、甲状腺機能低下症などが原因となり引き起こされることが多いよ。
プロラクチンが高いと黄体ホルモンや卵胞刺激ホルモンの分泌を阻害し、無月経、無排卵を引き起こすことがあり、不妊の原因となることがある。
パンダ先輩
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは①排卵障害がある、②高LH血症または高アンドロゲン血症のどちらかがある、③卵巣に多嚢胞が見られるという3つの条件にあてはまり他のホルモンの異常がない場合に診断されるよ。
はっきりとした原因は解明されていないんだけど、PCOSと診断された方の50〜80%にインスリン抵抗性が認められると言われているんだ。
インスリン抵抗性の改善のために糖尿病治療薬であるメトホルミンの内服をすることもあるから覚えておこう。
エコーではネックレスサイン(10mm程度の未成熟卵胞が卵巣の外側に1列に並びネックレスのような輪になる)が認められるよ。
・卵管因子
卵管因子は女性側の原因の中で最も多く、30〜40%を占めると言われています。受精卵、精子の通り道である卵管が炎症や癒着によって狭窄・閉塞することで自然妊娠が困難になります。卵管狭窄・閉塞の原因としてはクラミジア感染症や子宮内膜症、骨盤腹膜炎、下腹部の手術の既往などが挙げられます。特に多いのはクラミジア感染症によるもので60%以上を占めます。
・頸管因子
通常、排卵期には帯下の性状が変化し増加します。しかし、頸管粘液産生不全、子宮頸部の手術(円錐切除術など)や炎症によって頸管粘液が減少すると精子が子宮内に侵入しにくくなります。頸管粘液に何らかの異常が認められる場合は子宮内に直接精子を注入する人工授精(AIH)が選択されることがあります。
・子宮因子
子宮に何らかの異常があることで受精卵が子宮内膜へ着床しにくくなります。子宮因子には生まれつきの子宮奇形、子宮筋腫、子宮内膜炎、子宮内膜ポリープ、子宮発育不全、Asherman症候群など過去の子宮手術による影響などが挙げられます。
パンダ先輩
Asherman症候群とは子宮筋腫、帝王切開や流産手術、人工妊娠中絶などの術後、子宮鏡検査、子宮内感染などが原因となって子宮内膜が繊維化や瘢痕化して癒着している状態のこと。子宮内膜の成長に影響したり、着床を妨げる場合があり不妊の原因となることがあるよ!
・免疫因子
抗精子抗体という精子を攻撃する抗体を持つ女性の場合、この抗体が子宮頸管や卵管に分泌されることで精子を異物と認識し、精子の運動性を低下させます。抗精子抗体が不妊の原因である場合は抗体価を測定し、治療方針を決定します。抗体価が高い場合、タイミング法や人工授精での妊娠は困難なため、体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)を選択します。抗透明帯抗体を持つ女性では卵巣機能の低下や受精障害を認める傾向があるという報告もあります。
・原因不明不妊
不妊に関するあらゆる検査を行ったにも関わらず、原因を特定できないケースで、不妊の夫婦の10〜20%が該当します。本当に原因がないケースだけでなく、検査では見つけられない原因が存在していることもあります。原因不明不妊は夫婦の年齢が上昇すると割合が高くなる傾向があります。これは卵子と精子の機能が加齢により低下していることが影響していると考えられます。
・造精機能障害
精巣や精巣上体の異常があると精子の数が少ない、運動性が低い、または精子が作られない状態となります。精索静脈瘤、停留精巣、ムンプスによる睾丸炎、染色体異常などが原因で造精機能障害となることがあります。精索静脈瘤は左側に多く見られ、片側だけでも両側の精巣の働きに影響を与えて精液所見を悪化させます。造性機能障害は男性不妊の中で最も多く80〜90%を占めます。
・性機能障害
有効な勃起が起こらない勃起障害(ED)と、勃起はしても射精ができない射精障害があります。性機能障害の多くは精液検査やホルモン値が正常のため自然妊娠が可能なケースもあります。勃起障害の原因の多くは心因的な要因であると言われており、タイミング法を行うこと自体がプレッシャーとなり勃起障害を引き起こすこともあります。射精障害には腟内射精障害、脊髄損傷に伴うもの、逆行性射精に分類されます。腟内射精障害は自慰行為はできても腟内では射精できない状態を指します。逆行性射精とは精液が膀胱内に逆流してしまう状態のことで糖尿病や泌尿器科の手術が原因となります。勃起障害ではPDE5阻害薬による薬物療法や基礎疾患の治療を行います。腟内射精障害ではカウンセリングやシリンジ法から治療を開始し、結果が得られない場合には人工授精や体外受精を選択します。
精路通過障害
鼠径ヘルニア手術や精巣上体炎などの過去の炎症や先天性の両側精管欠損などが原因で精子が精液中に排出されない状態を言います。閉塞した精路を再建する精路再建術もしくは精巣内精子採取術(TESE)で得た精子で顕微授精を行います。
喫煙、アルコールの過剰摂取、サウナや長風呂、デスクワーク、ストレス、肥満、タイトな下着の着用、ノートパソコンの膝の上での使用、長時間の自動車・自転車・バイクの運転などの生活習慣は精液所見に影響を与えると言われています。精子の形成には約3か月かかるため、日々の生活習慣の見直しが大切となります。
ホルモン検査
血液検査によって妊娠に関わるホルモンの値を測定します。月経周期によって検査可能な項目が異なり、複数回に分けての採血が必要となります。
AMH検査
抗ミュラー管ホルモンの検査で、「残りの卵子の数」や排卵誘発剤を使用する際に「反応する卵胞の数」を推測する指標となります。
クラミジア抗原検査・抗体検査
子宮頸管粘液か擦過検体からクラミジアを検出する検査です。核酸増幅法(PCR法など)の感度が高いです。クラミジアが陽性の場合は抗生物質を服用し治療します。治療は再感染を防ぐために夫婦同時に行います。治療後、陰性となったことを確認してから不妊治療を開始します。
子宮卵管造影
腟から子宮口にカテーテルを挿入し、造影剤を注入して卵管の狭窄や閉塞、その他の病変の有無を確認する検査です。造影剤にアレルギーのある女性では通水検査を実施する場合もあります。痛みを伴うことがあり、女性の不妊検査の中では身体的な負担が大きい検査です。
甲状腺ホルモン検査
妊娠中の甲状腺ホルモン異常は流早産や低出生体重児、胎児発育不全、生まれた子どもの脳の発達などに影響すると言われています。TSH、F-T3、F-T4を測定します。甲状腺機能の亢進または低下が見つかった場合には投薬や手術による治療を行い、甲状腺機能の正常化を目指します。
着床不全検査・不育症検査
子宮内膜受容能検査、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)、子宮鏡検査、内分泌検査、夫婦染色体検査、抗リン脂質抗体症候群検査などがあります。不育症検査は2回以上の流産・死産、早期新生児死亡を繰り返した場合に検査が勧められます。
ビタミン・ミネラル検査
ビタミンD、亜鉛、鉄などの妊娠・出産に深く関わる栄養素の不足がないか検査します。不足している場合にはサプリメントなどで補給します。
フーナーテスト
精子と頸管粘液の適合試験で、性交後試験とも言われます。腟内に射精された精子が頸管粘液内に侵入し、運動性を保持しているかどうかをみる検査です。排卵期に行い、なるべく性交後3〜12時間以内に評価します。
精液検査
2〜7日以内の禁欲期間後に精液を採取し、精液量、精子の数、運動率などを検査します。精液検査は変動が激しいため、最低2回、変動が大きく傾向が掴めない場合には3回行う必要があります。抗精子抗体検査を実施する場合もあります。
ホルモン検査
精子の生成や性機能に関わるホルモンの値を測定します。血清FSHは閉塞性・非閉塞性無精子症の鑑別に重要とされています。
超音波検査
陰嚢超音波検査では精巣のサイズや血流、腫瘍の有無を検査します。経直腸超音波検査では前立腺や精嚢の異常(精管閉塞など)を確認するために行います。
遺伝子検査
精子形成障害や無精子症の原因として遺伝的な異常(クラインフェルター症候群など)が関連している場合があります。
フリーラジカル検査
活性酸素が精子に悪影響を与えていないか検査します。
精巣生検
精液中に精子が確認できない場合、精巣から直接組織を採取し、精子が作られているのかを調べます。
・タイミング法
基礎体温や超音波検査、排卵検査薬などで排卵日を予測し、最適なタイミングで性交渉を行う治療のことです。自然妊娠を目指し、排卵障害がある場合には排卵誘発剤を併用しながら治療することもあります。一般的な不妊治療の第一段階で、男女ともに比較的負担が少ない治療ですが、内服(クロミッドなど)による排卵誘発で排卵が得られない場合は注射による排卵誘発を必要とすることもあり、その場合は頻回の通院または自己注射を行います。
・人工授精(AIH)
採取した精液を洗浄・濃縮し、カテーテルを用いて子宮内に直接注入する治療のことです。自然妊娠よりも精子の子宮到達率を高めることができます。精子の運動率低下、乏精子症、性交障害、原因不明不妊の夫婦に適応されます。人工授精でも排卵誘発剤を併用する場合があります。
・体外受精(IVF)
排卵誘発剤を使用して、卵巣から成熟した卵子を採取(採卵)し、体外で精子と受精させる治療です。受精卵を培養し、良好な胚を子宮内に移植します。卵管障害や男性不妊、人工授精では結果が得られない場合に適応されます。成功率は年齢や卵巣機能に影響されますが、人工授精より高いとされています。
・顕微授精
体外受精の一種で、顕微鏡下で1つの精子を直接卵子に注入して受精させる治療です。精子の運動率が極端に低い場合や重度の乏精子症、精子無力症など通常の体外受精では受精が難しい場合に適応されます。受精率は体外受精より高まりますが、卵子へのダメージや受精後の発育不全のリスクもあります。
不妊の原因は多岐に渡り、女性・男性双方の因子が関与するため、適切な検査が重要です。検査結果から適切な治療が選択され、原因に応じた治療が行われます。タイミング法、人工授精、体外受精、顕微授精と段階的に治療が進められます。治療が高度になればなるほど身体的・精神的・経済的な負担が増していきます。夫婦が協力し、専門家と相談しながら最適な選択ができることが大切です。正しい知識を持って夫婦の治療や意思決定をサポートすることが助産師に求められる役割ではないでしょうか。