最近、テレビやインターネット、SNS等で「人食いバクテリア」という言葉を耳にすることはありませんか。
近年、この人食いバクテリアによる感染症が増加していると、国立感染症研究所から発表され注目を集めています。では「人食いバクテリア」とは、何かご存知ですか。これは劇症型溶血性レンサ球菌感染症(Streptococcal toxic shock syndrome:STSS)で、発症すると急激に症状が進行し、死亡することも多い細菌感染症です。その致死率はなんと3割にも及び、とても死亡率の高い感染症です。このSTSSの原因のひとつとなるのが、「A群溶血性レンサ球菌」、通常GAS(Group A Streptococcus)と呼ばれています。GASは、咽頭や皮膚にみられる細菌で喉の痛みや皮膚炎を起こすことが多く、重症化することはあまりありません。子どもに多くみられる咽頭炎のイメージを持っている方も多いでしょう。しかし、通常は細菌が存在しない筋肉や脂肪などの組織に細菌が進入することで劇症化し、STSSが引き起こされます。このGAS感染症が、感染抵抗力の弱い妊産婦へ感染すると、進行が急速であり母児双方の生命の危機に直結してきます。妊産婦のSTSSによる死亡例は毎年報告されており、増加傾向にあることを受けて、日本産婦人科感染症学会が令和6年3月に注意喚起をしているほどです。そのためGAS感染症がないかの早期発見がとても重要で、適切な対応が求められています。今回はそのGAS感染症について学んでいきましょう。
咳やくしゃみによる飛沫感染が主な感染源です 。感染した皮膚や物品との接触感染によって感染することもあります。
軽度の初期症状であれば、 咽頭痛、発熱、悪寒、喉の赤みや腫れ全身倦怠感、嘔気、嘔吐下痢などの症状があります。重度になると、局所的な激しい痛み、四肢の疼痛、腫脹、皮膚の赤みや腫れ、高熱、ショック症状が起こり、STSSを発症します。STSSを発症すると敗血症、播種性血管内症候群(DIC)などから多臓器不全に陥ります。その経過の速さは数十時間以内です。
GAS(A群溶血性レンサ球菌)とGBS(B群溶血性レンサ球菌)は一文字違いで似ていますが、GASはあまり聞きなれず、GBSにおいては分娩時の感染症のチェック項目として馴染み深い、という方の方が多いのではないでしょうか。同じ溶血性レンサ球菌ですが、GASとGBSは、感染症の種類や影響、治療方法などにおいて異なります。GASとGBSの違いを見ていきましょう。
GAS (Group A Streptococcus A群溶血性レンサ球菌) | GBS (Group B Streptococcus B群溶血性レンサ球菌) | |
原因菌 | Streptococcus pyogenes | Streptococcus agalactiae |
主な感染部位 | 咽頭、皮膚 | 新生児の肺、血液、脳脊髄液 成人の尿路、皮膚 |
主な症状 | 咽頭炎、扁桃炎、丹毒、蜂窩織炎、猩紅熱、壊死性筋膜炎、毒性ショック症候群 | 新生児敗血症、新生児髄膜炎、新生児肺炎、成人の尿路感染症、皮膚・軟部組織感染症 |
感染経路 | 飛沫感染、接触感染 | 出産時の産道感染、接触感染 |
リスクグループ | 幼児、高齢者、免疫力低下者 | 妊婦、新生児、高齢者、免疫力の低下している人 |
治療 | 抗生物質 (ペニシリン、アモキシシリン、セファレキシンなど) | 抗生物質 (ペニシリン、アンピシリンなど) |
合併症 | リウマチ熱、急性糸球体腎炎 | 重篤な新生児感染症 |
予防 | 手洗い、マスク着用、感染者との接触を避ける | 妊婦へのスクリーニング、 陽性の場合の抗生物質予防投与 |
GBSは感染していても、母体に大きな影響はありません。妊婦にスクリーニングを実施することで、分娩時に予防的な抗生剤投与を行い、児への重篤な感染症を引き起こすリスクを軽減しています。これに対しGASは、感染経路も広く症状も風邪と似ているため、GASによる感染か見分けがつきにくく、抗菌剤の対応が遅れることがあります。しかし、予防法を行ったり、抗生剤の適切な投与で防げることもあります。これらの違いを理解し、早期発見と適切な対策を講じることが重要です。
問診とバイタルサインからGAS感染症の可能性がないかを考慮した観察ができるかが重要になってきます。
A群溶血性レンサ球菌による咽頭炎は子供に多く発症します。家族の健康状態・感染歴はもちろん、経産婦や職業が保育士・医療関係者の場合は特に注意が必要です。家族や職場の感染状況、本人の感染徴候(上気道炎や溶連菌感染症)の有無を確認する必要があります。
体温、脈拍、呼吸数、血圧の定期的な測定をします。高熱・異常な脈拍・呼吸数の変化や呼吸困難は、低酸素や循環不全を反映するバイタルサインであり、感染の進行や重症化の兆候となります。感染症が疑われる患者にはqSOFAという簡便なスクリーニング法を用いて、敗血症ではないかを評価します。
SOFAはICUなどの集中治療において、臓器障害を点数化して、合計点数で重症度を判定することを目的として作られた評価方法です。そのSOFAを一般病床などで、より簡便に敗血症を疑うツールとしてqSOFAが考案されました。このqSOFAを用いて意識状態、呼吸数≧22回、収縮期血圧≦90㎜Hgの3項目を確認し、2項目以上が存在する場合は敗血症を疑い、速やかに集中治療につなげていきます。
初期の症状である喉の痛みや赤み、腫れの有無など咽頭炎の主な症状の確認は必須です。全身の倦怠感や食欲不振の有無なども全身状態の悪化を示す兆候です。意識状態は重篤な感染やショックの兆候を示す可能性があるため必ず確認しましょう。家族や身近な人の感染徴候があれば、特に留意して観察する必要があります。
また、皮膚の赤み、腫れ、発疹、膿の有無など皮膚の接触感染による兆候もないか見逃さないようにします。尿量も感染症の悪化を示す可能性があるので、乏尿や無尿の有無を確認しましょう。これらの全身状態を観察し、妊婦用に改変したCentor criteriaを活用して、GAS感染症の疑いがあるかを評価をします。
妊婦であることは評価する際の追加点となっています。STSSを発病すると、進行が非常に急激で、数十時間で筋肉や脂肪が急激に破壊されます。そのため持続的な腹部の痛みの訴えや板状硬所見がみられたり、バイタルサインの状態から常位胎盤早期剥離を疑われることもあります。腹部エコーにて胎盤の剥離の有無GASによる感染を疑わずに常位胎盤早期剥離として治療を行っていると、GASに対する治療の開始が遅れる可能性もあります。GASの可能性はないかも視野に入れて、全身状態を観察し、適切に鑑別していくことが必要です。
胎動の有無、減少がないか胎児モニターとともに確認しましょう。感染や多臓器不全から、胎盤機能不全となり、胎児に頻脈や遅発一過性除脈の波形がみられます。悪化すると子宮内胎児死亡に至るケースもあります。
GAS感染症の対応においては、感染予防と抗菌薬の投与のタイミングが対応のポイントとなります。
細菌による感染症のため、感染対策は重要です。こまめに石鹸と水で手を洗い、アルコール消毒の励行、マスクやキャップのスタンダードプリコ―ションを行い、飛沫感染や接触感染を防ぎましょう。
GASの迅速診断キットを活用します。検査で陽性かつqSOFAで2項目以上陽性であれば、劇症型の可能性が高いです。また、血液培養2セットと咽頭培養1セットで起因菌を同定します。
GAS感染症は抗菌薬で治療ができます。GAS感染には、ペニシリンやアモキシシリン、セファレキシンが一般的に使用され効果的です 。培養などの検査結果を待つことで、投与のタイミングが遅れるのであれば、早期投与が優先されます。また、迅速検査結果が陰性でも、臨床症状が否定的でない場合にも、速やかに抗菌薬の静脈投与することが推奨されています。妊婦用に改変したCentor criteriaにおいて4点以上の場合は、速やかな抗菌薬の投与が考慮されます。劇症型であれば、点滴静注でペニシリンとクリンダマイシンを併用して投与することが薦められています。
SIが1を超えた時点で、細胞外液補充液の全開投与を開始します。呼吸困難やSpO2の低下があれば酸素投与をリザーバーマスクで開始し、換気不十分であればバック・バルブ・マスクにて換気を開始しましょう。
妊産婦はもともと免疫力が低下しているので、あらゆる感染症に注意が必要です。患者やその家族には、感染予防策や症状の認識、早期の医療機関受診の重要性をしっかりと説明します。患者やその家族が適切な予防と対応ができるように支援しましょう。
まずは何よりも患者やその家族への感染予防の教育が、感染拡大防止のために重要です 。食事前や外出後にはしっかり手を洗い、マスクを着用して、周囲に飛沫を飛ばさないようにすること、もらわないことが大切であり、エチケットでもあります。アルコール消毒液を使って手や触れる物を消毒することも効果的のため使用を薦めましょう。感染者が使ったタオルや食器は他の家族と共有せず、個別に使用します。感染者との接触をできるだけ避け、感染拡大を防ぐために隔離措置をとることも必要な指導です。家庭内で感染が広がらないように、家族全員に感染予防に協力してもらうことが大切です。
まずは感染しないように免疫力をあげ、必要であれば生活習慣を見直すことも必要です。十分な睡眠をとり、無理をせず体を休めるようにしましょう。もし、感染症にかかった場合も十分な休息、水分と栄養摂取は重要です。消化に良い食事を心がけ、水分をしっかり補給するよう説明します。
発熱や咽頭痛、喉の違和感などがあれば受診をしてもらうようにしましょう。家族、特に子供が咽頭炎に罹患している場合は、その旨を受診時に伝えてもらうように指導します。そうすることで、医療者もGASの可能性を考慮し、対応することができます。外来対応となれば医師に処方された抗菌薬を適切に最後までしっかり内服する必要性があることを説明しましょう。発熱や咽頭痛などの症状が改善されない場合や腹部痛、胎動の減少がある場合などは医療機関へ再度連絡、受診してもらうよう説明します。
国立感染症研究所からも、感染が疑われる症状が出た場合は速やかに医療機関を受診するよう注意がかけられている疾患です。GAS感染症を憎悪させず早期に対応して予後に繋げるためには、インフルエンザや新型コロナウイルスが否定されても安易に風邪と判断しないことが必要です。新型コロナウイルス感染症の流行以降、発熱・咽頭炎・咳嗽などがある場合は、インフルエンザや新型コロナウイルスを疑い、鑑別のため検査を行うことが多いと思います。検査の際には近年の増加傾向を踏まえて、GASの可能性も考慮して対応することが重要です。妊婦と胎児二人の命の一刻を争い、急激に症状が悪化する状況の中で、いかに異変に気づき、疑いをかけながら観察を行えるかが求められています。
1) 妊産婦死亡症例検討評価委員会.母胎安全への提言2019 Vol.10. 日本産婦人科医会.2020
2) 日本母体救命システム普及協議会 京都産婦人科救急診療研究会.産婦人科必修 母体急変時の初期対応 第3版 J-CIMELS公認講習会ベーシックコーステキスト.メディカ出版. 2020