【産科の基礎知識】HELLP症候群の病態生理|助産師が知っておくべき観察項目と対応
- 疾患と治療
- HELLP症候群
妊娠は、女性にとって喜びに満ちた時期であると同時に、身体に大きな負担がかかる大変な時期でもあります。母体は、自分の体に起こる様々な生理的変化に順応しながら、健康を維持していきます。また、母体が健康でいられることは、胎児の順調な成長にも関係します。もしも、妊娠中に母体の健康を維持することができなかったり、合併症を併発することがあれば、それは母体や胎児に重大な影響を及ぼしてしまうということになります。
例えば、妊娠合併症の中でも妊娠高血圧症候群は、全妊婦の約5〜10%と約10〜20人に1人の割合で発症しています。また、その妊娠高血圧症候群の中でも、特に危険性が高いのがHELLP症候群になります。HELLP症候群は、時間単位で急速に症状が進行することもあり、妊産婦死亡率が1〜25%と非常に高いです。そのため、適切な診断と治療管理がなされないと、母児ともに命の危険が及び、予後不良となるケースもあります。しかし、HELLP症候群の症状は多岐にわたっていて、すぐに診断をつけることが難しい場合も少なくありません。今回はそのHELLP症候群についての病態生理や症状・観察項目を学んで、HELLP症候群の可能性があることを考慮した対応ができるように学んでいきたいと思います。
1.病態生理
Hemolysis(溶血)、Elevated Liver enzymes(肝機能障害)、Low Platelets(血小板減少)の3つを特徴とします。
3主徴それぞれの英語の頭文字を取って「HELLP症候群」という名前がつけられています。
Hemolysis(溶血): 血液中の赤血球が破壊され、貧血や黄疸の原因となる。
Elevated Liver enzymes(肝酵素の上昇):凝固因子の消費で 肝臓に過剰な負担がかかり、肝臓内での出血や壊死が生じる。肝臓が損傷を受けると、上間膜動脈や肝動脈の攣縮が起こり、肝機能の異常が発生する。
Low Platelets(血小板減少):妊娠高血圧症候群の影響で血管内皮細胞が損傷される。その影響で、血管の透過性が増加し、血小板の減少や凝固因子の消費が進行する。
HELLP症候群は、主に妊娠高血圧症候群に合併する一部として発症し、HELLP症候群の90%は、重症妊娠高血圧腎症に合併しています。そのためHELLP症候群の病態は、母体の血液循環における異常や、胎盤の血流不全が引き金となることが多いです。HELLP症候群の病態は複雑で、妊娠による血管内皮の細胞の障害によって、血管の異常な収縮と血小板減少による血液凝固障害が関連していますが、なぜそれが起こるのか、詳しい原因ははっきりしていません。初回の妊娠、多胎妊娠、17歳未満・35歳以上の妊娠、糖尿病、高血圧既往、肥満などはリスクファクターとされています。
2.母児へのリスク
HELLP症候群は、早産を強いられる原因にもなり得るため、母児ともに重大なリスクを伴うことが特徴です。母体においては、溶血による貧血や多臓器不全、血小板減少による凝固障害のため出血のリスクが高くなります。そのため、治療が遅れると生命を脅かす危機的状況に陥ることもあります。一方、胎児は胎盤の機能不全による胎児の発育不全や早産のリスクが増大します。
母体へのリスク:子癇、肺水腫、脳出血、急性肝不全、急性腎不全、多臓器不全、DIC(播種性血管内凝固症候群)、常位胎盤早期剥離、母体死亡
胎児へのリスク:胎児発育遅延、低出生体重児、早産、新生児血小板減少症、呼吸窮迫症候群、胎児死亡
3.症状と観察のポイント
HELLP症候群は、特徴的な症状に対するいくつかの観察項目を見極め、アセスメントしていくことが必要です。HELLP症候群は進行が速いため、適切に管理するにはその症状を早期発見できることが、まずは重要なポイントになります。母体では、上腹部痛、吐き気や嘔吐、頭痛、血圧の変動、視覚障害などの症状に注意します。血液検査では、肝機能(AST、ALT)、血小板数、LDH(乳酸脱水素酵素)、ビリルビンの数値変化をモニタリングしていきます。胎児の状態の評価には、NST(ノンストレステスト)や超音波検査を行い、胎児の発育や羊水量、胎児の心拍数の変動を確認します。
HELLP症候群の症状は多様で、妊娠高血圧症候群と共通するものなど、症状や所見が類似する他の疾患もあります。上腹部の症状が強いため、消化器疾患を疑われて診断が遅れたり、血圧が高くなくても主要症状や検査値が同時に現れ発症することもあります。HELLP症候群の10%はタンパク尿や高血圧を認めないため、慎重かつ適切に鑑別診断をしていくことが必要です。血圧が正常でも、妊産婦が上腹部の痛みや悪心・嘔吐を訴えることがあれば、消化器疾患だけでなくHELLP症候群を強く疑って対応していくことがいいでしょう。発症時期としては、妊娠後期から産褥3日までに突然現れることが多いです。
以下は主な症状・所見と観察ポイントです
1)症状
腹部痛:突然の上腹部痛(右季肋部痛、心過部痛)が起こる。肝臓が腫大するため、特に右上腹部(肝臓付近)に痛みを感じることが多い。
吐き気・嘔吐:胃腸症状として現れることがあり、風邪や消化不良、胃腸炎と誤診されることもある。
食欲不振:倦怠感や嘔気から食欲が減退する。
疲労感:貧血や血小板減少により、全身倦怠感や極度の倦怠感を感じることがある。
浮腫:顔や手足に浮腫が生じ、場合によっては急激な体重増加を伴う。
尿量:高血圧により、腎機能が低下し尿量低下をきたす。
高血圧:HELLP症候群は妊娠高血圧症候群の一部であるため、血圧が急上昇することがある。
頭痛:妊娠高血圧症候群に関連し、血圧の上昇による症状として現れることが多く、持続的な強い頭痛が特徴的。
視覚障害:かすみ目、視界がぼやけたり、光がちらつくといった視覚的な異常が現れる。
2)検査
検査項目を全てみたさない場合でも時間とともに進行していく症例もあるため、注意が必要です。
血圧測定:高血圧症(140/90mmHg以上)重症域高血圧症(160/110mmHg以上)。高血圧はHELLP症候群の前駆症状であり、定期的な血圧測定が必要。
血液検査:Bil値の上昇(>1.2㎎/dl)、肝酵素の上昇LDH(>600U/L)、AST(>70U/L以上)、血小板数の減少(<10万/μL)などを確認するため、血液検査は不可欠。末梢赤血球スメアでは、有棘赤血球や分裂赤血球など形態異常が起こる。
尿検査:蛋白尿の有無を確認することで、腎機能の低下を早期に発見することができる。
超音波検査: 胎盤機能不全による胎児の発育状況を確認する。
NST:胎児評価を行い、胎盤機能不全による影響がないかモニタリングする。
3)症状や所見が類似する疾患
妊娠に関連するもの:急性妊娠性脂肪肝、妊娠性血小板減少症
消化器疾患:ウイルス感染症、胃腸疾患、、肝胆膵疾患、イレウス
血症板減少:特発性血小板減少性紫斑病(ITP)劇症型抗リン脂質抗体症候群(APS)、全身性エリテマトーデス(SLE)
その他:血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)溶血性尿毒症症候群(HUS)
4.対応・治療
HELLP症候群の治療は、病態の重症度に応じて異なりますが、治療の基本は妊娠高血圧症候群と一緒で妊娠の終了になります。重症例では、母体の生命を優先するため、緊急帝王切開が行われることが一般的です。妊娠34週以降の場合は、児の成熟が期待できるため、母体と胎児の状態が悪化する前に、適切なタイミングでの分娩が推奨されます。しかし、妊娠34週未満であれば、早産による合併症のリスクもあるため、肺の成熟を促すステイロイドを投与します。母体の状態を安定させつつ、可能な限り胎児の成熟を待ち、できれば48時間待機して、妊娠を終結させます。
そして、DICの合併に注意しながら輸血や、薬物療法を行っていきます。大量の輸液や輸血が行われるので、水分バランスの管理を確実に行い、二次的な合併症を防がなければいけません。また薬剤の副作用にも注意が必要です。いずれにせよ、妊娠中にHELLP症候群の症状が見られた場合は、合併症の発生率も高いので高度医療機関での集中的な管理が必要となります。
分娩前後の血圧管理: 血圧をコントロールするために、ニフェジピン、ニカルジピン、マグセントなどの降圧剤にて管理を行う。
子癇発作予防:マグネシウム投与を行う。副作用に注意する。
IN・OUT管理:大量の輸血・輸液によって、肺水腫を合併しないように水分バランスを管理する。呼吸音や呼吸苦、浮腫の有無なども観察する。
DIC治療: 消費されていく血液成分を補う。赤血球製剤や血小板製剤、新鮮凍結血漿製剤の輸血、フィブリノゲン、アンチトロンビン製剤の投与を行う。
ステロイド治療:34週未満での妊娠中断の場合は、肺の成熟を促進し、早産のリスクを低減するために、ステロイドが使用される。母体の血小板減少を一時的に抑えられる効果もある。
妊娠の終了: 分娩が唯一の根治療法であり、緊急帝王切開による急速遂娩が行われることが多い。母体と胎児の状態に応じた判断が必要。
5.まとめ
HELLP症候群は、妊娠高血圧症候群の中でも特に注意が必要な合併症であり、母体と胎児に重大なリスクを伴い、深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、妊産婦の傍にいる私たち助産師が、いかに早くその症状や所見をキャッチして、疾患に結び付けたリスク予測ができるかということが大事になってきます。HELLP症候群に限らず、そういったアンテナを常に張っていることが出来れば症状が進行する前に、母体と胎児の状態に応じた治療が行われ、リスクを最小限に抑えることが可能です。
また、妊産婦への保健指導の1つとして、HELLP症候群のような特徴的な症状が現れた場合や体調が悪いかなと思うことがあれば、妊娠中は経過をみずに医療機関へ早めに相談し、受診するよう伝えることも大事な役割です。
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