母乳育児は、多くのママにとって喜びと苦労が少なからず混在する体験です。
赤ちゃんにとって栄養面や免疫面で多くの利点がある母乳育児ですが、授乳中のママには時として思いがけない乳房トラブルに直面することがあります。
実際に、乳房痛や乳頭の傷、母乳不足感などの問題が発生すると、どう対応すべきかこの方法で合っているのか迷うことも多いと思います。適切に対処しなければ、痛みによる苦痛や困難が増し、さらには乳腺炎などの深刻な状態へと進行します。
特に、現代のママたちは仕事や家事、育児との両立やサポート不足なども相まって、ストレスを抱えやすく、乳腺炎が悪化しやすい状況にあります。また、情報過多の中で正しいケアを選び取ることが難しくなっています。
そのような背景もあり、母乳育児の希望はあっても、母乳育児を断念したくなるような思いにかられ、断乳や混合育児に切り替えるケースも少なくありません。私たち助産師は、このような状況を防ぐためにも母乳育児中に発生しやすい乳房トラブルの原因と適切な対応を学び、母乳育児を継続するための支援を行っていく必要があります。
乳頭亀裂や水泡、乳腺炎といったママの乳房トラブルの多くは授乳姿勢や含ませ方・吸着がうまくいかないといったことが関連します。どの乳房トラブルにおいても、まずは授乳姿勢や赤ちゃんの吸着位置をしっかり確認する、見直すということが重要になります。また、乳房トラブルを未然に防ぐためにも、授乳を開始した時から授乳姿勢や吸着が適切にできているかなどを母親自身が確認できたり、実施できるようになる指導が必要です。
<原因>
・赤ちゃんの吸着が不適切な場合
・長時間の授乳や授乳の頻度が高い場合
・乳頭の伸展不良
<症状>
・ひりひりする、乳頭や乳頸部が切れている。
<対応>
・授乳が可能であれば赤ちゃんの吸着位置を見直し、授乳を行う。
・授乳前は乳管開通法を行って、乳頭・乳輪部を柔軟にする。
・亀裂の部位が口角になるような位置で授乳のポジションをとる。
・亀裂によって授乳が苦痛な場合は搾乳を行う。
・感染を起こさないように、授乳後は乳頭を清潔に保つ。
・保湿クリームを使う。
・児の消化管出血と判別するため出血が明らかな場合や、搾母乳に血液が混じるようであれば搾母を破棄し、出血が落ち着くまで排乳を続ける。
<指導のポイント>
・亀裂による疼痛に共感し、配慮しながら授乳方法の修正、見直しをする。
・亀裂より出血があれば搾乳を行うが、母乳に血が混ざらなければ、搾乳を児に与えても問 題ないことを伝える。
・乳頭痛で乳管が開通していないまま、ニップルシールドを使うとさらに乳頭損傷を起こすので、使用しない。
<原因>
・ 吸着が強すぎたり、浅いときなど、乳頭が一定の場所で繰り返し強い摩擦を受けることで発生する。
<症状>
・乳頭に水疱ができる。水疱に血液が混在する血疱となる。
<対応>
・児が乳頭と乳輪を深く含んで吸着、吸綴できるように抱き方や吸着のさせ方を支援する。
・脇抱きや横抱きを行い、一定方向からの授乳にならないようにする。
・水疱に痛みが生じる時や水泡が破れて疼痛を伴うときは、搾乳を行う。
・水疱や血疱が破れた時は、乳頭亀裂時の対応に準ずる。
<原因>
・上皮の過形成や脂肪性の物質が乳管の先で詰まることで起こる。
<症状>
・白い斑点が乳頭に現れる。
・白斑によるつまりで授乳時に疼痛を感じる。
・白斑によって乳汁が排出されないため乳汁うっ滞が起こり、乳房に圧痛を生じる。
<対応>
・白斑からの分泌の有無を確認する。
・授乳前に温湿布を使用し、乳房ケアを行い詰まりを解消してから授乳を行う。
・ケアは、閉塞を起こしている白斑部を狙って、乳汁を排出できるようケアをする。
「うっ積」は、産褥の2~3日目によくみられる生理的な乳房緊満です。乳汁分泌が開始して安定するまでの準備段階です。
<原因>
・産後にプロラクチンが活性され、乳汁産生のために血流が増加し、乳房内圧が上昇するたため。
・授乳間隔があきすぎている。
・赤ちゃんの飲む量が少なく、乳房内に母乳がたまってしまう。
<症状>
・両側性に生じる乳房全体の張り感、疼痛、重み、熱感、血管の怒張
・乳頭、乳輪のむくみ
<対応>
・病的緊満にならないように、授乳頻度を増やす。
・温湿布で乳管を開きやすくして、乳房をケアする。
・授乳と授乳の間は冷たいタオルなどでクーリングをする。
<指導のポイント>
・乳汁は産生過程のため、搾乳しても分泌は少ないことを伝える。
・乳管が開通するようにセルフケアも行えるように指導する
<原因>
・うっ滞性乳腺炎が悪化して細菌感染を引き起こしたもの。
・主な病原菌は黄色ブドウ球菌で乳頭の亀裂や傷から細菌が侵入する。
・乳管が詰まり、母乳がうっ滞して細菌が増殖する。
<発症しやすい時期>
感染性乳腺炎は、産後2〜4週間頃に最も多く見られますが、授乳中はいつでも発症する可能性があります。
<症状>
・乳房の一部が熱を持ち、赤く腫れる。
・乳房に強い痛みや圧痛がある。
・38.5℃以上の高熱。
・全身の倦怠感や悪寒、感冒様症状。
・インフルエンザ様の全身の痛みがある。
・母乳の分泌が減少することもある。
・感染により乳汁中ナトリウム濃度が上昇し、塩味が強くなるため児が哺乳を嫌がることがある。
<対応>
感染性乳腺炎は、早期発見と適切なケアが重要になります。
ケアと授乳を継続しても12~24時間以内に症状が改善されない場合は、抗生物質が必要になる場合が多く、医師の診察を受け早期に治療介入できることが重要です。
・授乳前に手洗いを励行し、清潔な状態で授乳を行う。
・頻回授乳や搾乳によって乳汁が排乳されるようにする。
・授乳前に温め、乳管を開きやすいようにする。
・授乳後はクーリングで、痛みと炎症を和らげる。
・開通と排乳のための乳房ケアを行い、痛みの強いケアは避け、優しく乳房全体を柔らかくする。
・抗生物質を使用しながら患側側からも授乳を続ける。
<指導のポイント>
・授乳後は、乳頭に母乳を少し残して自然に乾燥させ、乳頭を保護する。
・授乳姿勢の改善を促し、乳房全体を均等に吸わせるように指導する。
・抗生剤使用中も、授乳を行っていいことを伝える。
・水分制限はしない。
・母乳パッドはこまめに交換して、同じパッドを3時間以上あてつづけない。
・患側からの授乳も児に影響はないことを伝える。
・痛み止めを使用することにより射乳反射を起こしやすくなるので、我慢せず服薬をしながらの授乳を勧める。
・炎症症状の軽減にはアセトアミノフェンより、消炎鎮痛薬(NSAIDs)であるロキソプロ フェン、ジクロフェナクが効果的で、授乳中も安全に使えることを伝える。
再発予防やセルフケアの指導では、授乳前の乳房の温湿布や授乳後の乳頭ケア、授乳頻度の調整について指導します。また、赤ちゃんの吸い付きが不適切な場合はすぐに助産師へ相談するよう促し、乳房トラブルを長引かせないサポートをします。
授乳回数を増やすなど、児の欲求に合わせた時間や間隔に制限のない自律授乳をしていくように説明します。授乳時も適切な授乳ができているかセルフチェックも行えるようにします。授乳後も張りが気になるときは手で自己にて搾乳が行えるように指導しておきましょう。
乳房に痛みやしこりがないか自分の乳房状態を気にかけてもらうようにしましょう。授乳や搾乳の時に自己チェックできるといいでしょう。もし、痛みがあれば授乳回数を増やしたり、授乳のアプローチを変えてみるようにします。
気になる症状があれば、乳腺炎に移行する前に、早めに産婦人科や助産院、母乳外来などを受診して乳房ケアをしてもらいましょう。
乳房トラブルの要因には、疲労やストレスも関係してきます。母乳育児継続のためには、休息が必要であることを家族にも伝えて、睡眠や休息をとれる方法を一緒に考えていきましょう。
また、家事育児の負担を減らせるように、代行サービスを利用したり、家族に協力してもらうのも疲労軽減のためのひとつの方法です。
母乳育児中の乳房トラブルは、早期に適切な対応を行うことで深刻な事態を防ぐことができます。しかし、乳腺炎になると乳房の痛みだけでなく、全身症状も伴うため、ママの苦痛は強く、一度乳腺炎になると乳腺炎再発に対する恐怖も合わせ持つようになります。
助産師は、そのような状態で必至に支援を求めてきたママたちに対して、責めるような態度や言葉で接することがないようにしなければいけません。乳腺炎や乳房トラブルにより、身体的精神的ダメージを受けていることに十分配慮し、母親の気持ちに寄り添いながら受容的に傾聴していくことも大事なケアになります。
母乳育児を希望するママたちが、乳房トラブルによって授乳を断念することなく、ママ自身が授乳育児に対する思いや考えを整理できるような関わりも大切です。母乳育児を通じてママと赤ちゃんが双方に癒され、楽しみながら授乳を継続できる支援を行える助産師になりましょう。
参考文献
1)乳腺炎ケアガイドライン2020 公益社団法人 日本助産師会 授乳支援委員会 2020.4株式会社 日本助産師会出版
2)PERINATALCARE New乳房ケア・母乳育児支援のすべて 石川紀子 2024.6 株式会社メディカ出版
3)新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版 立岡弓子 2020.3 サイオ出版