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2024
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コラム

日本と海外のお産は何が違う?世界の出産から学ぶヒントと新常識

  • 世界のお産
  • 文化の違い
  • 出産時のケア
SUMMARY
この記事でわかること
出産方法やケアのあり方は、文化や医療制度によって大きく異なります。日本では、伝統的に妊婦や新生児に対するきめ細やかなケアが重視されており、助産師の役割も非常に重要です。一方で、欧米諸国では医療技術の進歩に伴い、医師による介入が一般的です。こうした違いは、それぞれの国や地域の医療システム、文化的背景、家族のあり方から影響を受けていて、出産という一つの出来事を通して、国ごとの特色や価値観が見えてきます。この記事では日本と世界のお産についての違いを探り、その背景と要因について考えていきます。

今回は立教大学兼任講師、出産育児環境研究会代表の菊池栄さんと一緒に考えていきます。菊池さんの専門はリプロダクションとジェンダー、社会デザイン学で、元々はマタニティ・コーディネーターとして27年間、マタニティ・クラスを東京で開催していました。世界各地18カ国に行き、出産や赤ちゃんの写真を撮り、世界各地の出産に関する取材・調査を行ってきた経験をお持ちです。現在は立教大学ほか看護大学の助産専攻科の講師をされています。

世界各地を巡り始めた経緯

じょさんしnavi柏村

私は菊池さんの著書「世界のお産」を助産師の1〜2年目に拝読しました。私自身もともと国際的な支援に興味があったので手に取ったんですが、すべて菊池さんの体験談なのでリアリティがすごいんですよね。単純な疑問だったのですが、なぜ菊池さんは世界の出産を巡ってみようと思ったのですか?

菊池

もともと旅が好きで世界各地に出かけてみたいという思いがありました。子どもを出産してから写真の学校に行き、カメラを担いで世界各地を巡りました。お産をテーマにしていたので、世界各地どんな辺境へ行っても人がいる限り、病院がなくてもお産はあります。近代医療が入り込む前のお産がどういうものだったのか知りたくて、辺境へ行きました。

世界の出産で印象的だった文化

じょさんしnavi柏村

最初に出てきて衝撃だったのはミクロネシアの出産の文化でした。菊池さんは地元住民に合わせた服装をされたり、結構な期間滞在して出産だけでなく、現地の生活文化についても学ばれたんですよね。実際、そういった現地で生活する上でのコミュニケーションはどうやって解決されたんですか?

菊池

ミクロネシアに行ったのは、冒険家の方の「ミクロネシアの島にはまだ産屋がある」という一言です。日本にも産屋はかつて存在していましたが、遅くとも昭和初期には無くなっていました。実際に使っている産屋をこの目で見たくて、ミクロネシアに行きました。コニュニケーションは互いの辿々しい英語と、ミクロネシアでは絵を描いたりして説明していました。

ミクロネシアの産屋は浜辺にある、ヤシの葉で吹いたただの小屋です。その小屋は女性たちの集会所のような立ち位置で、陣痛が始まると産婦はそこに入り、集落の産婆や女性たちが集まってそこで出産し、10日間そこで暮らします。集落の中に1人産婆がいて必ずその産婆が取り上げます。その他の女性たちは小屋の外にかまどを作って、そこで食事を作って世話をします。出産してすぐに、歩いて海に行って入って体を清め、毎朝晩、水浴びをして過ごします。ミクロネシアにとって、海はトイレでもありお風呂でもあるんです。水中出産があったのではないかと何人もの人に聞きましたが、水中で子どもは生まないと現地の人は話していました。

それぞれの文化でさまざまなお産や育児の方法があります。

 チベットのラサという都市では、チベットに産婆はいないとみんなが言うのです。世界中に産婆はいましたので、どうしてチベットには産婆がいないのだろうと調べてみると、出産は病気がないから病院はあっても産科はないんです。またチベットはかつて遊牧民で、家族が移動して暮らしていました移動中、どこでお産になるかわからないので、実母が義母、夫が取り上げるような家族によるお産が行われていたのです。それを文化というわけです。近代西洋医学が世界中を席巻したことで、国々の出産育児文化は価値のないものとみなされ、世界統一で分娩台にて管理される出産になってしまいました。

じょさんしnavi柏村

産婆や医療施設以外での出産をする中で、異常なお産の時はどのように対応しているのでしょうか。

菊池

どの国でも稀に出血や新生児死亡、母体死亡があると言っていました。私たちの社会は生死を医療かしなければいけないという社会的総意があり、いかにも「怖い」「どうするんですか」など脅し的なニュアンスになっていると思います。危険な状態になるのは1%、他の99%は問題ないとしても、その1人のために99人が制限されていることを当たり前だと受け入れている状態です。

 医学教育の中で、自分の持っている力を信じて産むということは全く触れられていないので、そのような考え方をする人すらいないという現状です。

じょさんしnavi柏村

発展途上国で医療行為ができない場合、お産が遷延した際にどんなケアをされていたかなど、わかる範囲で教えていただけないでしょうか?そもそも妊娠中から体づくりが自然とできていて分娩は遷延しないのでしょうか…?

菊池

わたしが聞いた話はチベットでの3人目の母親でした。チベットは1990年代には病院出産ではないものの、遊牧民も自宅を持って女性や子どもは定住していました。3人目でもその母親は3日かかったと言っていました。取り上げたのは実母です。産婦は、陣痛が強くなると寝ていることができなくなって、家をでて、庭のような家の周囲を歩いていたそうです。それで納屋の藁の山の上に産み落としたと言っていました。立って産み落とし、実母が背後から赤ちゃんを掬い上げたような格好です。出産準備教育や出産の情報をネットや雑誌で知らなくても、さらに医療に依存しなくても女性たちは何をすればいいのかわかっていたのです。

世界のお産から学ぶこと

じょさんしnavi柏村

世界の出産の文化や風習の中で、日本の出産の現場に活用できそうなものは何かありますか?

菊池

女性達の助け合いだと思います。家族形態は国や時代によって異なりますが、どの国にもどの時代でもお産の場では女性同士の支え合いがありました。出産は女性の文化です。男性による医学管理下にある出産ではなく、女性性が尊重された女性によるケアがお産の基礎となる、その思想は守っていきたいですね。

じょさんしnavi柏村

菊池さんは発展途上国だけでなく、フランスやオーストラリアといった先進国の出産の現場にも出向かれていますよね。日本を含めた先進国と発展途上国の出産での違いをひと言で表すならどんな言葉が当てはまりますか?

菊池

私が世界を巡っていたのは1990年〜2000年代です。本にはその時代のことを書いたのですが、それから20~30年経っていますので、途上国の多くは医学的管理の病院出産にすでに移行していると思います。先進国の出産もまた当時に比べさらにグローバル化し、より一層経済優先・効率優先の管理出産へと変容してきています。

 ですので私の見てきた時代のお産に限定して、ということになりますが、その当時はまだ西洋医学化された先進国の出産と、近代化されていない病院出産ではないお産の二分化ということができたと思います。それはすなわち、男性による管理下の出産か、女性の世界のお産かという大きな違いです。

じょさんしnavi柏村

ケニアでのエピソードで印象に残ったことがありました。病院では母親教室というものを開いていないにも関わらず、ほとんどの産婦が冷静沈着に陣痛に対処していたということでした。

 私もマダガスカルに行った時に、助産師はほとんど産婦さんの腰をさすることもなく、産婦さんはまるで陣痛中に声をあげてはいけないといった決められごとがあるかのように、1人で静かに腰をさすったり動いて陣痛を逃していたんですよ。

 日本のように、助産師がずっと腰をさすったりという風潮はむしろ珍しいものですか?

菊池

 助産師が腰をさするケアが世界的に珍しい文化であるかどうかは、わかりません。助産師というプロの職業ができたのはそれぞれの国が近代化されてからです。助産師の前に、女性同士が助けあう「産婆」がいた地域とそうでない地域もあります。陣痛中の女性の身体をさする習慣のある文化と、そうでない文化もあると思います。ただ1つ言えるのは、アフリカの女性たちは身体の能力がとても高く、自ら陣痛を逃す方法を知っているということはあるかもしれません。

 また、アフリカを含め、かつての共同体には子育てしている女性たちがたくさんいて、女性たちは先輩の妊娠・出産・授乳・育児を身近で見ることができたことは、現在の日本との大きな違いでしょう。妊娠・出産・育児は、頭で勉強することではなく動物的な動作で、一目見ればすぐわかることです。その「一目見る」ことが今はなくなってしまっているので、出産や子育てが上手にできにくくなっているのではないでしょうか。

じょさんしnavi柏村

ブラジルでの帝王切開率にも驚きました。帝王切開はどうしても医師主体なイメージなのですが、そのような国での助産師はどんな役割を担っていたのでしょうか?

菊池

ブラジルの現在の帝王切開率がどれくらいなのかはわかりません。私がブラジルにいた2000年前後は、サンパウロなどの大都市では80%ほどが帝王切開という病院があったと聞いています。全国押し並べてみれば、もっと少ないと思います。ただ、ブラジルにはその少し前まで助産師という職業がなかったのです。近代化してから助産師文化が潰されてしまった。医師のみが出産を管理するようになり、帝王切開が増えたのだと思います。

 その後、日本のJICAによってブラジルに助産師教育が生まれ、助産師が増えてきていますので、現在は帝王切開率はもう少し下がっているかもしれません。助産師の役割は、女性たちを守ることだと思います。帝王切開にならないように妊娠中から女性たちにセルフケアについて伝えるとか、医師の判断を優先せずに女性の意見を聞くということではないでしょうか。

 昨年会ったフランスの助産師は、麻酔分娩が70%のフランスで、助産師の役割は麻酔分娩の女性の帝王切開率を下げることだと言っていました。助産師がケアすることによって、医療介入を減らすことができます

じょさんしnavi柏村

現在日本もどんどん医療介入分娩が増えていて特に無痛分娩はここ10年程度で10%近く増えています。無痛分娩が知られるようになり、どんどん需要が高まっているなと感じています。実際に無痛分娩の先進国に行かれた菊池さんは、日本の無痛分娩率11%(2023年)という数字についてどうお考えでしょうか?

菊池

 日本では無痛分娩と呼ばれていますが、実際には硬膜外麻酔による麻酔分娩です。麻酔分娩は、日本は先進国の中では非常に低い国として推移してきました。その理由は、日本の場合はクリニックという小さな医療施設で出産の半分以上が行われていたことから、小さな診療所では産科麻酔をしにくかったことが挙げられています。

 しかし、かつて日本と同じように麻酔分娩が少なかった香港や中国、シンガポールなどのアジア諸国がすでに日本より麻酔分娩の割合ははるかに高くなっています。日本の少子化はご存知の通りだと思いますが、先進国の中で少子化をどうにか抑えているフランスや北欧は麻酔分娩率が70〜60%と高くなっています。一方で、日本や韓国、ドイツなど、麻酔分娩率が低い国は顕著に合計特殊出生率は低い国なのです。

 これは麻酔をすれば出生率が上がるということではなく、女性のニーズを受容する姿勢が社会にあるかということが問題だろうと思います。麻酔分娩のデメリット、メリットはいろいろ言われていますが、女性たちのニーズとのバランスをどのようにとっていくかを、助産師も医師も当事者も考えていく必要があるのではないでしょうか。 


 出産における日本と世界の違いを見てきましたが、どちらが優れているというよりも、それぞれの文化や医療システムの中で最も適した方法が取られていることがわかります。日本の細やかなケアと助産師の重要な役割、欧米諸国の医療技術の活用と医師の介入、それぞれが持つ利点と課題は異なります。重要なのは、妊婦と新生児にとって最善のケアが提供されることです。また、女性自身が選択できること、菊池さんが話されるように社会がそのニーズを汲み取って反映していく姿勢もとても重要になってきます。

 今後も国際的な視点から学び合い、それぞれの良い点を取り入れることで、より良いお産環境が整備されていくことが期待されます。お産は新しい命の誕生という大切な瞬間です。その瞬間をより安全で安心できるものにするために、私たちは引き続き努力と工夫を続けていかなければなりません。

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