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分娩期
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2024

母体死亡率9割?!羊水塞栓症の病態生理と徴候|助産師に求められる知識と対応

  • 産科的合併症
  • 迅速な対応
  • DIC
SUMMARY
この記事でわかること
羊水塞栓症は稀でありながら、非常に急激に進行する重篤な産科的合併症です。主に破水を契機に起こり、羊水成分が母体血中に入ることで、心肺機能不全やDIC(播種性血管内凝固)などの重篤な状態を引き起こします。発生頻度は非常に低いですが、予測が難しくその進行の速さ、突発性から救命を困難とするケースもあります。そのため助産師は、母体の状態変化やその徴候を早期に察知し、迅速に対応できることが求められ、それらが母体と胎児の命を救う鍵となります。ここでは羊水塞栓症に関する病態生理を理解して、実際の臨床現場で活かせる治療や対応策をまとめています。

羊水塞栓症は、産科領域における最も重篤な合併症の一つであり、早期発見と適切な対応が母体と胎児の生命を左右します
主に破水や胎盤剥離時、あるいは分娩後、帝王切開後に起こり、胎児の細胞や組織が含まれる羊水が母体の血管内に流入することで発症します。そして、急性の意識障害や呼吸困難、多量の出血やショック症状、DICを引き起こします。羊水塞栓症の発症頻度は非常に低く、分娩2~3万件あたり1例の割合で起こるとされています。
しかし、母体死亡率は2~9割と幅があるものの、予測不可能な発症で重篤に至りやすく、肺動脈に羊水が流入するような症例では死亡率が高いです。どの妊婦にも起こりうるリスクがあるため、羊水塞栓症の発症は依然として、完全に予防することが極めて難しいとされている疾患です。助産師をはじめ、出産に携わる医療スタッフは、常に最悪の事態を想定した準備と対応が必要になります。羊水塞栓症の病態生理を理解した上で、助産師がどのように対応すべきか、緊急時に備えるための具体的な知識とスキルを身に付けましょう






1.病態生理

これまで羊水塞栓症は、羊水や胎児の細胞、胎盤の断片などが母体の血流に侵入することで、主に母体の肺血管に物理的に塞栓が生じ、急性の呼吸困難や低酸素症が引き起こされると考えられてきました。しかし近年、主な発生機序は羊水に対するアナフィラクトイド反応と考えられるようになってきました。
アナフィラクトイド反応とは、羊水に含まれる夫の抗原由来の蛋白質が、母体の血液中に流入することで、自然免疫系が過剰に反応してしまうことをいいます。アレルギーなどによるアナフィラキシー様反応に似ていますが、免疫グロブリンIgEに関与するものではなく、肥満細胞や補体系が関与します。

羊水塞栓症はその症状により心肺虚脱型羊水塞栓症と子宮型羊水塞栓症に分類されます。
心肺虚脱型羊水塞栓症
心肺機能が急激に低下し、ショックや心停止に至ることがある。

子宮型羊水塞栓症
子宮に限局して起こる。子宮の血管の攣縮や血管透過性が亢進し、重症の子宮弛緩が起こる。子宮や性器からサラサラとした非凝固性の大量出血が起こり、短時間に進行するDIC(播種性血管内凝固症候群)を合併し、心停止に至ることがある。


2.危険因子

帝王切開、高齢出産、多胎妊娠、常位胎盤早期剥離、腹部外傷、前置胎盤、子宮破裂、頸管裂傷、鉗子分娩、吸引分娩、羊水過多、胎児機能不全、誘導分娩 
以上の危険因子を見て分かるように、多くの妊婦さんが羊水塞栓症を起こすリスクがあると言えます。


3.羊水塞栓の徴候、症状

羊水塞栓症の初期徴候には、
・意識低下
・不穏
・突然の息切れ
・胸痛
・低血圧
・頻脈
・原因不明の胎児機能不全
・性器出血
などが含まれます。

しかし、破水後に突然の呼吸困難が起こったり、最初の徴候が心停止の場合もあります。また、母体の血液凝固機能が低下するため、出血傾向が見られ、DICの初発症状ではサラサラした性器出血から始まることもあります。子宮収縮剤を投与しても子宮の収縮不良や弛緩出血が続いたり、産後や帝王切開後に突然の出血やショック症状が見られた場合も、羊水塞栓症を疑う必要があります。


4.診断

救命するためには早期に羊水塞栓症を診断してもらうことが大切です。

表1 臨床的羊水塞栓症の診断基準

①妊娠中または分娩後12時間以内に発症した場合
②下記に示した症状・疾患

(1つまたはそれ以上でも可)に対して集中的な医学治療が行われた場合
  A)心停止
  B)分娩後2時間以内の原因不明の大量出血(1500ml以上)
  C)播種性血管内凝固症候群
  D)呼吸不全
③ 観察された所見や症状が他の疾患で説明できない場合

                              (文献2を参考に作成)


以上の3つを満たすものを臨床的羊水塞栓症と診断するため、上記の状況・症状がみられたら、助産師としても羊水塞栓症の可能性を念頭におき、医師への報告と指示を受け速やかに対応することが必要です。日本産科婦人科学会の周産期委員会は、子宮型羊水塞栓症を早期に診断するための基準を表2のように提案しています。


 表2 子宮型羊水塞栓症の早期診断基準

発症時

①子宮底長が臍上2指(3〜4cm)以上

②子宮筋層が非常に柔らかい

③フィブリノゲン値が150mg/dL以下

胎盤娩出後早期に非凝固性出血があり、オキシトシンや麦角剤に反応しない

子宮弛緩症をみたらまず子宮型羊水塞栓症を考える

                              (文献2を参考に作成)


通常の弛緩出血は、双胎による子宮過伸展や遷延分娩などの子宮平滑筋疲労などに起こりやすいですが、これらの場合は、オキシトシンやメチルエルゴメトリンなどの子宮収縮薬で改善されることがほとんどです。しかし、子宮型羊水塞栓症の場合は、子宮収縮剤への反応が乏しく、子宮復古が改善されず、非凝固性の出血が続くことが特徴です。


5.求められる知識と対応

助産師として羊水塞栓症に備えるためには、まずそのリスクファクターや徴候、診断基準を理解し、異常にいち早く気づくことが重要です。
具体的には、呼吸状態・血圧・心拍数の変化に注意を払い、子宮復古不良、異常出血などを察知できるかがポイントです。
助産師の視点でもその症状から羊水塞栓症の可能性が予測されたり疑われたら、躊躇せずすぐに医師に報告し、迅速に初期対応、救命処置を開始することが求められます。羊水塞栓症を発症した際に行われる必要な治療や検査の知識を身に付け、対応できるようにしていきましょう。


1)母体の異常を察したら、まずは初期治療介入と積極的な呼吸および循環補助を行う。

初期治療の開始:OMI(酸素10Lリザーバー投与、バイタルサインモニタリング、20G以上で2本以上のルート確保)を行う
ABCの評価:気道確保、呼吸の有無・状態、皮膚色、脈拍数・強さ
SIの評価:1を超えたらショックと判断する
意識レベル確認:痛み刺激で開眼するか
低酸素血症:マスクによる高濃度酸素投与、気道確保、BVM換気、人工呼吸
心停止:心肺蘇生の開始、AED装着
低血圧:昇圧剤投与(フェニレフリン、エフェドリン、ドパミン、ドブタミン)輸液投与


2)初期対応と並行してマンパワーを確保する。

・救急車要請、院内緊急コール
・コマンダーの決定
・高次施設へ搬送したり、ICUなど集中管理できる場所で対応する

3)家族への連絡を行う。

・家族への説明、処置・検査・手術に対する同意の確認を行う


4)検査

画像検査:腹部エコーやCTなどで後腹膜・腟壁の血腫の有無や胎盤遺残によるものでないこと、脳出血や脳梗塞によるものでないことを確認する。
採血:凝固(フィブリノゲン、FDP、D-dimer)CBC、生化学、血型、クロスマッチを採 血、測定する。







5)DICなど母体に対する治療を理解し、医師の指示のもと適切に薬剤投与管理が行える

新鮮凍結血漿投与:凝固因子を補充し、止血を図る。
赤血球製剤投与:異常出血による低血圧、貧血への対応。
アンチトロンビン投与:凝固亢進により、抗凝固因子であるアンチトロンビンが大量消される。DICが本格的に進行するのを防ぐ目的で投与することが推奨されている。
トラネキサム酸投与:抗線溶療法。フィブリンを分解するプラスミンを阻害することで止血する。
ウリナスタチン投与:抗サイトカイン療法。たんぱく質分解酵素の活性化を抑制し、炎症を抑える。血液凝固因子であるⅫ因子に対する阻害作用を持ち、病的な血栓形成を防止する。急性循環不全への対応。
フィブリノゲン製剤投与:産科的危機出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対し、血小板が機能するために必要な蛋白。使用できる施設は、総合・地域周産期母子医療センター、大学病院に限られている。

6)弛緩出血、子宮復古不良に対する処置介助と薬剤投与を行える

・子宮収縮剤投与:オキシトシン、エルゴメトリン、プロスタグランジンF2α
・バクリンバルン、ヨードホルムガーゼ挿入介助と管理
・Fr挿入
・子宮復古の観察
・外科療法:子宮動脈塞栓術、子宮動脈塞栓術でも改善がみられなければ子宮全摘術

羊水塞栓症は、死亡率も高いため、急変時にはチームでの連携が不可欠です。
産科的危機出血への対応指針などの急変時対応マニュアルに沿って、早期に医療チーム全体での対応を図ることが母体救命の鍵となります。






6.まとめ

羊水塞栓症は予測不可能であり、発症すれば迅速な対応が必要となる重大な産科合併症です
発症頻度は低いものの、母体と胎児の命に関わる緊急事態であり、助産師としてはその徴候を常に注意深く観察し、早期に対応できる準備が求められます。特に呼吸器や循環器系の異常を早期に察知し、速やかに医師に報告することが重要です。また、チーム医療の一員として、母体救命に向けた医療スタッフ間の円滑なコミュニケーションも必要です。助産師は羊水塞栓症のリスクファクターや病態生理を理解し、発症に備えた準備やシュミレーションを怠らず、これら知識と準備をもって産科現場での緊急対応に備えていきましょう。


参考文献

1)日本産婦人科・新生児血液学会,ホームページ,羊水塞栓症
羊水塞栓症(参照2024-10-10)

2)日本産婦人科医会ホームページ,研修ノート,羊水塞栓症
(7)羊水塞栓症(参照2024-10-10)

3)MSDマニュアル,プロフェッショナル版,羊水塞栓症
羊水塞栓症 - MSDマニュアル プロフェッショナル版(参照2024-10-10)

4)日本母体救命システム普及協議会,京都産婦人科救急診療研究会編,産婦人科必修 母体急変時の初期対応 第3版,メディカ出版,2020


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