なぜ妊娠中は食材や嗜好品に注意が必要なのでしょうか。
その理由は大きく2つあります。
1つ目は、胎児の成長や発達に影響を及ぼす可能性があるからです。
妊娠中に妊婦が摂取した栄養は臍帯血を通して胎児の成長に直接影響をもたらします。
妊婦にとって有害なものを摂取した場合、児にも発育不良や感染症などの悪影響をもたらす可能性があります。
2つ目は、妊娠中に妊婦の免疫力が下がるからです。
非妊時には問題なかった食材でも、妊娠中に摂取することで免疫力が下がっているため食中毒を引き起こす可能性があります。食中毒になると嘔吐や下痢の症状によって脱水を起こしたり、腹圧がかかることや炎症を起こすことによる子宮収縮で切迫流・早産のリスクにもつながりかねません。
次は、具体的に注意するべき食材・嗜好品とその理由をお伝えします。
生魚や貝類などの魚介類、ナチュラルチーズ、肉や魚のパテ、生ハム、スモークサーモン、加熱不十分な肉には注意が必要です。
生魚や貝類ではノロウイルスによる食中毒のリスクがあります。
ノロウイルスは年間を通して多くの食中毒を発生させる原因ウイルスとなっており、特に冬場に増加する傾向があります。
また、ナチュラルチーズ、肉や魚のパテ、生ハム、スモークサーモンでは、リステリア感染のリスクがあるため注意が必要となります。妊婦がリステリアに感染することで、流産や死産、早産、新生児敗血症といった児に重篤な合併症を引き起こす可能性が指摘されています。
さらに加熱不十分な生肉では、トキソプラズマ感染のリスクがあるため注意が必要です。妊娠中に初めてトキソプラズマに感染すると、胎児に先天性トキソプラズマ症を起こすリスクがあります。先天性トキソプラズマ症は、低出生体重児や網脈絡膜炎、リンパ節腫脹、肝脾腫、水頭症、脳内石灰化など多岐にわたる症状が出現します。中には予後が悪いケースもあります。妊娠初期であるほど胎児への感染率は低くなると言われています。一方で、感染した場合の胎児の重症度は高くなるとされています。また、妊娠後期になると胎児への感染率は高くなり、胎児の重症度は低くなるとされています。
・生ものは十分に加熱し摂取すること
・加熱調理が難しい食品や海外製の食品は摂取を避けること
・調理器具や食器は十分に消毒、洗浄を行うこと
・賞味期限内に摂取すること(期限内でも十分な加熱が必要)
キンメダイやクロマグロ、ミナミマグロ、メカジキといった大きな魚の過度な摂取には注意が必要です。全ての魚に注意が必要なわけではありません。サケ、アジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリ、カツオといった一般的に食卓に多く並ぶような魚の多くは、妊娠中でも特に注意する必要なく摂取することができます。
魚に含まれている水銀がある一定以上の量になると、胎児が自力で水銀を排出するには時間がかかり、胎児に影響を及ぼすことが示されているからです。具体的には、生まれてきた児の音を聞いた時の反応が1/1000以下のレベルで遅れる可能性があると言われています。
大きな魚に水銀が多く含まれている理由は、食物連鎖により小さい魚に含まれた少ない量の水銀も数多くの魚を食べていくことによって、大きな魚には多くの水銀として蓄積されていくことになるからです。
・1週間の中で同じ魚ばかりではなく、様々な種類の魚を食べるようにすること
・注意が必要な大きな魚を食べたときは、注意が不要なお魚を組み合わせること
・量のとりすぎに注意する必要があるため魚を切り身にするなどしてバランスを考えること
貧血予防の食材として、よく挙げられる食材にレバーやうなぎがあります。牛レバーやうなぎにはビタミンAが多く含まれています。ビタミンは妊婦にも胎児にも必要な栄養素の1つで、特に胎児にとっては皮膚や粘膜を形成するために必要となります。
ビタミンAの過剰な摂取によって、胎児の水頭症、口蓋裂、その他肺や心臓の形態異常の報告が挙げられているからです。胎児に影響するだけでなく、妊婦にとっても過剰な摂取は頭痛や嘔吐、めまいなどの症状を起こすことがあります。
・レバー以外にも鉄分がとれる食材を紹介すること(ほうれん草、小松菜、あさり、納豆など)
・鉄分と一緒にビタミンBやビタミンCを一緒に摂取することで鉄の吸収率が上がることを紹介すること
卵は非妊時から特に意識せず食べている食材の一つだと思います。しかし、免疫力が低下している妊娠中には食中毒を起こすリスクがある食材の一つです。適切に加工処理をして摂取するようにしましょう。一方で、妊娠中だからといって妊婦や胎児へのアレルギー発症には特に関係ないと言われています。また食中毒ですので胎児の発育への影響は特にありません。
卵の殻にはサルモネラ菌、生や半熟の卵にはリステリア菌という食中毒の原因となる菌が存在している場合があります。免疫力が低下している状態で摂取をしてしまうことで、嘔吐や下痢、腹痛を引き起こす可能性があります。
・卵の殻を触った手や調理器具はきちんと洗浄、消毒を行うこと
・十分に加熱調理した卵を摂取すること
・賞味期限を遵守すること
ひじきは海藻の一種で、カルシウムなどのミネラルや鉄分を含むため健康に良いイメージがありますよね。妊娠中も絶対に食べてはいけない食材ではありません。しかし摂り過ぎには注意が必要な食材の一つです。長期的に毎日過剰に摂取しているような状況でなければ基本的に影響はありません。
ひじきには無機ヒ素と呼ばれる成分が含まれています。これは水や土などの自然界に存在している成分の一つです。この成分を大量に摂取することで発熱、嘔吐、下痢、麻痺、皮膚障害を起こすことがあると言われています。また無機ヒ素は胎盤を通して胎児にも影響を及ぼし、脳障害や催奇形性を引き起こすことがあるとされています。
・週に1回、小鉢1皿分を目安に摂取すること
・小鉢メニューの偏りをなくし様々なメニューを摂取すること
昆布やわかめもミネラルなどの栄養分を多く含む健康的な食材です。お味噌汁や小鉢で摂取する機会も多いのではないでしょうか。先ほどご紹介したヒ素に関して言えば、昆布やわかめには有機ヒ素という成分が含まれており、無機ヒ素より身体への有毒性は低いと言われています。しかし、昆布やわかめにも過剰に摂取すると妊娠中に影響する成分が含まれているのです。
昆布やわかめにはヨードという成分が含まれています。ヨードは甲状腺ホルモンを生成する栄養分として妊婦にも胎児にとっても必要な成分です。しかし、過剰に摂取することで胎児自身の甲状腺機能の働きが弱まり、甲状腺機能低下症を引き起こすリスクがあります。
ただ、妊娠中に必要なヨードが不足すると流・早産や先天異常を引き起こすリスクもあるため適切な量の摂取が必要です。妊娠中のヨウ素の1日の推奨摂取量は240μg、上限摂取量は2000μgと言われています。目安として、乾燥昆布の場合は5gで12000μg、昆布だしは500mlでヨウ素650μg、わかめは10gで190μg、焼き海苔は1枚で21μg程度です。特に昆布の摂り過ぎには注意が必要だと言えます。
・昆布を使用した料理やお菓子を食べすぎないようにすること
・だしや調味料にはかつおやいりこを選択すること
カフェインが含まれているコーヒーや紅茶、烏龍茶、ココア、コーラ、エナジードリンク、チョコレートなどには注意が必要です。全く摂取をしてはいけないわけではありません。WHO(世界保健機関)の基準では妊婦の1日のカフェイン摂取推奨量を300mg/日としていますが、日本においては明確な基準は設けられていません。基本的に1日にマグカップ(約200ml)で2-3杯程度であれば心配はないとされています。
妊娠中にカフェインを過度に摂取することで、流産、子宮内胎児死亡、胎児発育不全、低出生体重児のリスクが増加すると報告されています。
・ノンカフェインやデカフェ飲料を摂取する
・麦茶やルイボスティーなどカフェインを含まない飲料を紹介する
・烏龍茶やコーラなどにもカフェインが入っており過度な摂取に注意が必要である
妊娠中のアルコールは少量であっても摂取すべきではないとされています。ただし、洋酒が使われたお菓子や料理の調味料として使われている程度であれば心配する必要はありません。
妊娠時期や飲酒量を問わず、妊娠中の飲酒によって胎児性アルコール症候群(FAS)、胎児性アルコール・スペクトラム症候群(FASD)、心疾患や関節形成異常などの形態異常、脳萎縮、低出生体重児といった影響を及ぼすことが示されているからです。また、妊婦のうつ症状の悪化にも関連するといった報告も挙げられています。
胎児アルコール性症候群(FAS)は、平坦な顔つきや薄い上口唇といった特異的な顔貌、発達遅滞、小頭症などの中枢神経障害、知的能力障害といった全身的な先天性の障害をもたらします。治療法はなく、唯一できることは予防のみです。
1日に純アルコール60ml/日以上の摂取で発症する可能性が高くなると言われています。目安にすると、ビールでは中瓶で約2.5本(1250ml)、ワインでは約4杯(500ml)程度です。
・ノンアルコールや炭酸飲料の紹介をする
このように、妊婦と胎児の健康を守るために妊娠中に注意するべき食べ物がいくつかあります。しかし気付かずに食べてしまったからといっても、必ずしも胎児に影響がでたり感染症を引き起こすわけではありません。
妊娠に気付かず食べてしまった、知らずに食べてしまったという妊婦さんからの相談も多くあるかと思います。リスクや症状に対する不安を受け止め、今後の対応について一緒に考えていきましょう。
このような不安を抱える妊婦やその家族を減らすために、普段の妊婦健診や助産師外来、母親学級といった場で、正しい知識を伝えることが必要です。制限の多い妊娠期間中、妊婦さんの負担が最小限に過ごせるよう、具体的な対策や摂取可能量の目安を説明しましょう。
参考文献