
助産師が開業するには?助産院・訪問型・フリーランスまで徹底解説
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助産師として病院や診療所で経験を積んだ後、「自分らしい助産師活動をしたい」「より深く妊産婦さんに寄り添いたい」と考える助産師も多くいます。助産師の開業には助産院開設、訪問型サービス、フリーランス活動など複数の選択肢があり、それぞれに特徴やメリット・デメリットがあります。日本助産師会発行の「助産所開業マニュアル2021年版」の内容も参考に、助産師が開業する際に知っておくべき基本的な流れから、各開業スタイルの詳細、よくある悩みと解決策まで、開業を検討している助産師の方に向けて包括的に解説します。
助産師が開業するための基本的な流れ
助産師が開業する際は、どの開業スタイルを選択しても共通して必要な準備があります。
計画的に進めることで、スムーズな開業が可能になります。
1)開業に必要な資格・条件
助産師が開業するための基本的な資格・条件は以下の通りです。
<必須条件>
・助産師免許の取得
・5年以上の実務経験
・継続的な学習・研修参加による知識とスキルの維持・向上
<推奨される条件>
・アドバンス助産師
・開業助産師ラダーⅠ
・新生児蘇生法(NCPR)などの専門研修修了
・母乳育児支援や産後ケアに関する専門資格
・地域の医療機関との連携体制構築
・緊急時対応に関する十分な知識と技術
保健師助産師看護師法に基づき、助産師は独立して助産業務を行うことができる唯一の医療職ですが、医師との適切な連携体制を整えることが安全な助産ケア提供の前提となります。
2)行政への届出・手続き
開業形態によって必要な届出が異なりますが、共通する主な手続きは以下の通りです。
①税務署へ開業届を提出する。
②助産所を開設する市町村の保健所へ開設後10日以内に助産所開設届を提出する。
<開設に必要な書類>
・助産所開設届
・助産師免許証の写し
・助産師の履歴書
・土地・建物の登記事項証明書(賃貸の場合は賃貸契約書の写し)
・敷地の平面図、建物の平面図
・敷地周辺の見取り図、助産所への案内図
・分娩を扱う場合は、嘱託医師の承諾書や関連書類
各都道府県や市区町村によって手続きの詳細が異なる場合もあるため、事前に管轄の保健所や関係機関に書類等を確認することが重要です。また税務署で青色申告承認申請書を提出することで個人事業主として控除を受けることができます。
3)資金・場所・設備の準備
開業資金は選択する開業スタイルによって大きく異なります。助産院では場所の確保(賃貸料・敷金・礼金・改装費)、医療機器や備品の購入など500万〜2,000万円の初期投資が必要になります。訪問型やフリーランスでは、建物を必要としない場合が多いため30万〜100万円ほどです。またどのスタイルにおいても、ケアを提供する上での保険加入(賠償責任保険など)や集客のための広告宣伝費は必須です。他にも運転資金として最低6ヶ月分の固定費、変動費も用意しておくと安心です。資金調達方法としては、自己資金のほか、日本政策金融公庫の新創業融資制度や地方自治体の創業支援制度の活用があります。どのスタイルを選択しても、助産師としての専門性に加えて事業主としてのスキルも必要になります。
助産師の開業スタイル
1) 助産院
①助産院開業の特徴
助産院は助産師が主体となって運営する医療施設で、正常経過の妊娠・分娩・産褥期の女性とその家族に対して、医学的管理ではなく助産ケアを中心としたサービスを提供することができます。最近では分娩を取り扱わない産後ケア中心の助産院も増えてきています。
②助産院で提供できるケア
- 妊婦健診
- 分娩介助(正常分娩のみ)
- 産後ケア
- 母乳育児支援
- 育児相談・指導
- 思春期教育・プレママ教室
助産院では医師法に基づく医療行為は行えないため、異常が発見された場合や緊急時には速やかに医療機関へ紹介・搬送する体制を整えることが必須です。助産院を開設するには、医療法や保健師助産師看護師法に基づいて厳格な施設基準を満たす必要があります。
③メリットとデメリット
<メリット>
- 助産師の専門性を最大限活用できる
- 妊娠から産後まで継続的なケアが可能
- 利用者との深い信頼関係を築ける
- 自然な分娩環境を提供できる
- 比較的高い収益性が期待できる
<デメリット>
- 初期投資が高額
- 24時間365日の対応・体制が必要
- 高い専門知識と責任が求められる
- 医療機関との連携体制構築が必須
- 訴訟リスクなど法的責任が重い
助産院開業は助産師としての専門性を最も発揮できる形態ですが、高い専門性と責任、十分な資金と設備が必要なハードルの高い開業スタイルともいえます。
2) 訪問型
①訪問型開業の特徴
訪問型サービスは、利用者の自宅や指定された場所を訪問してケアを提供する開業スタイルです。近年、産後ケア事業の拡充により需要が高まっています。訪問型助産師は、産後の母子やその家族に対して、住み慣れた自宅環境でケアを提供します。比較的少ない初期投資で開業でき、柔軟な働き方が訪問型では可能です。
②訪問型で提供できるケア
- 産後の母体ケア(乳房ケア、育児指導)
- 母乳育児支援
- 新生児・乳児のケアと健康チェック
- 育児不安への相談・支援
- 産前・産後の個別相談、指導
- 沐浴指導
- 母乳育児相談・乳房マッサージ
- 母親学級・両親学級の講師
訪問型サービスは、産後間もない時期の母親にとって外出が困難な状況でも利用しやすく、プライベートな環境でリラックスしてケアを受けられるメリットがあります。
③メリットどデメリット
<メリット>
- 初期投資が比較的少ない
- 自宅を拠点に柔軟な働き方が可能
- 利用者との距離が近く、満足度も高い
- 専門性を活かした差別化サービスが提供しやすい
<デメリット>
- 移動時間・交通費がコストとなる
- 天候や交通状況に左右されることがある
- 1日の訪問件数に限界がある
- 利用者宅での事故やトラブルのリスクがある
訪問型は助産師として専門性を活かしながら、比較的低リスクで開業できる選択肢として人気が高まっています。
3)フリーランス(個人事業主)
①フリーランス助産師の特徴
フリーランス助産師は、病院や診療所に雇用されることなく、個人事業主として複数のクライアントと契約を結んで業務を行います。働く場所や時間、業務内容を自分で選択できる自由度の高さが特徴です。フリーランスとして成功するには、助産師としての専門知識に加えて、営業力、コミュニケーション能力、自己管理能力が重要になります。
②フリーランスの仕事内容や提供できるケア
フリーランス助産師が手がけることのできる業務は多岐にわたります。
<教育関連業務>
- マタニティクラス・両親学級の講師
- 助産師養成校での非常勤講師
- 企業向け女性の健康セミナー
- オンライン講座の企画・運営
- 書籍・記事の執筆
<コンサルティング業務>
- 医療機関での業務改善コンサルティング
- 助産院開業支援
- 母乳育児支援プログラムの開発
- 医療機器メーカーでの商品開発協力
<臨床業務>
- 医療機関での非常勤勤務
- 産後ケア施設での業務委託
- イベント会場での健康相談
- 企業の健康管理室での相談業務
<デジタル関連業務>
- オンライン相談サービスの提供
- 健康管理アプリの監修
- SNSでの情報発信・インフルエンサー活動
- オンライン教材の制作
③メリットとデメリット
<メリット>
- 最も低い初期投資で開業可能
- 働く時間・場所・内容を自由に選択できる
- 複数の収入源を確保できる
- 専門性と得意分野(PCスキルやマーケティングなど)活かした高単価サービスが可能
- ライフスタイルに合わせた働き方ができる
- ネットワークを活用した業務拡大
<デメリット>
- 収入が不安定になりやすい
- 営業・集客を全て自分で行う必要がある
- 個人の信頼性を証明するのが困難
- 孤独感を感じやすい環境
- 仕事とプライベートの境界が曖昧になりやすい
フリーランスは自由度が高い反面、事業主としての責任と自己管理能力が強く求められる働き方です。

3.助産師が開業でよくある悩み
1)集客・営業の方法がわからない
多くの助産師が「臨床は得意だけれど、集客や営業は苦手」と感じています。集客は一朝一夕では成果が出ないため、開業前から継続的に取り組むことが重要です。
①効果的な集客方法
- ホームページ・ブログでの情報発信
- SNS(Instagram、Facebook)の活用
- 既存利用者からの口コミ・紹介制度
- 地域の医療機関・保健センターとの連携
- 母親学級・育児サークルでの啓発活動
②営業活動のコツ
- 専門性と人柄をアピールする
- 利用者の声・実績を積極的に紹介する
- 初回相談無料など、利用しやすい仕組みづくり
- 継続利用につながるフォローアップ体制
- 地域のニーズに合わせたサービス開発
2)収入の安定性への不安
開業初期は収入が安定しないため、開業を決意するまでの不安要素の一つとなりやすいです。収入の安定化には時間がかかるため、開業前の資金準備と段階的な事業拡大が重要です。
①収入安定化の方法
- 行政委託+自費サービスを行い、複数の収入源を確保する
- 定期的なサービス(月1回の相談など)の提案
- 企業との継続契約(セミナー講師など)
- オンラインサービスによる効率化
- 地域での安定した顧客基盤の構築
②資金管理のポイント
- 6ヶ月分以上の運転資金確保
- 月次の収支管理とキャッシュフローを予測
- 緊急時の資金調達手段の準備
3)制度や法律の知識不足
助産師の業務は医療法、保健師助産師看護師法等の法規制の対象となるため、適切な法律知識が不可欠です。法律知識の不足は重大なリスクにつながるため、専門家のサポートを受けながら継続的な学習が必要です。
①把握すべき主な法令
- 保健師助産師看護師法(業務範囲・開業届等)
- 医療法(施設基準・広告規制等)
- 個人情報保護法(プライバシー保護)
- 消費者契約法(サービス契約関連)
- 税法(個人事業税・消費税等)
②継続的な学習の必要性
- 法改正情報の定期的なチェック
- 職能団体主催の研修会への参加
- 他の開業助産師との情報交換
- 専門家(弁護士・税理士)への相談体制構築
助産師が開業する際に直面する課題は共通していることが多く、事前に対策を考えておくことで成功率を高めることができます。
4.開業を成功させるために必要な準備
1)自己分析とビジョンを明確にする
助産師の開業を成功に導くには、助産師としての技術的なスキルだけでなく、事業主としての総合的な準備が不可欠です。開業を成功させる第一歩は、自分の強み・弱み・価値観を明確にし、将来のビジョンを描くことです。明確なビジョンは、迷いが生じた時の判断基準となり、ブレない事業運営を可能にしてくれます。
①自己分析のポイント
<専門性の棚卸>
- 助産師としての専門性・得意分野の明確化
- これまでの経験・実績の整理
- 専門資格・研修修了歴の整理
- 今後伸ばしたいスキル・知識の特定
<個人の特性>
- 価値観・働き方の理想
- コミュニケーションスタイル
- 強み・弱みの客観的評価
- ストレス耐性と対処方法
- リスク許容度と安定志向のバランス
②ビジョンづくりの要素
- 助産師として大切にしたい理念
- 5年後、10年後の理想的な働き方
- 提供したいサービス・価値
- ターゲットとなる利用者層
- 地域・社会への貢献イメージ
- 事業規模・収入目標
- ワークライフバランスの優先順位
2)継続的な学びとサポートを得る
開業は常にスキルアップするための継続的な学習・自己投資の習慣が必要になります。しかし一人で行うには負担が大きいため、助産師同士のつながり・ネットワークを持ち、専門分野のサポートを適切に受けることが成功の近道です。特に、経営や集客については独学では難しい部分も多いため、体系的に学べるスクールで準備するといいでしょう。実践的なノウハウを学び、同じ志を持つ仲間と出会える環境は、開業への不安を解消し、成功確率を大幅に向上させます。
①活用できる学びの場
- 専門スクール・セミナー
- 起業支援機関
- 助産師会や職能団体の研修プログラム
- 先輩開業助産師からの指導
- オンライン学習プラットフォーム
②サポート体制の構築
- 同業者ネットワークへの参加
- 専門家(税理士・弁護士等)との連携
- 家族・友人の理解と協力
助産師の開業には、助産院・訪問型・フリーランスなど、いくつもの選択肢があります。どの道を選んでも、そこには「助産師だからこそできるケア」を形にできる可能性があります。その可能性を確実なものとしていくためには、専門性だけでなく、市場のニーズを見極める力や経営・集客の仕組みづくり、法制度の理解、顧客との信頼関係といった事業主としての視点も欠かせません。戦略的に少しずつ準備を重ねれば、助産師としてのやりがいと経済的な安定の双方を両立できる持続可能な自分らしい開業スタイルを確立できるでしょう。理想の働き方を現実にするために、まずは一歩踏み出してみましょう。
参考文献
1)日本助産師会 助産所開業マニュアル改訂特別委員会 助産所開業マニュアル 2021―開設・管理・運営― (2021年版)2021